3

夜卜は、どうにか魔を清めてやろうと苦心したが無駄だった。
清めの水を全身に掛けても、忽ち周りから浸食を起こして元の木阿弥になる。
始終、そのケモノは「オイしそ、夜、」「だめ、ダメだめ、食べちゃ、」「でも、チョットなラ」「びょお、いん」とうわ言を繰り返し、もがきながら健全で有ろうとする自我と蝕む妖の部分とがせめぎ合い、その度にか細い喉から溢れる物がこの世ならざる不気味な高低のある音と、少女の声の間で揺らいだ。
外がまだ日があった事が幸いした。
時化が増す、魔が強まる夜であったなら、慈悲深い無名の神諸共、魍魎の餌になっていたに違いない。目こぼしにあやかり、知らぬ神の境内に身を寄せることが出来き、神器の皮を被っているお陰でまだ、排されずに済んでいる。しかし、時間の問題だ。

「此れはもう、使いものにならないもの」

「だまれ、」

「元々、腐っていたものになんの未練があるの。ねえ、」

「だまれって……」

「切って、夜卜」

幼い天官の少女は囁きながら、夜卜の後についた。
小さな拝殿の賽銭箱に腰を下ろし、含みのある笑みを浮かべて成り行きを見守っている。夜卜が此方を向かないのに口を少し尖らせて、足を揺らした。
結末など知っている、という顔。自分が必要とされるとわかっていて、呼ばれるのを待っている。その余裕が今度ばかりはにくらしい。
野良の言わんとする事。
一凛は無知にも、主が病む度に禊を懇願したが、蛭子神は頑として首を縦に振らなかった、理由。
禊とは、言葉通り「身を削ぐ」。そして、境界で囲った神器に罪を分配し、罪を薄れさせる。一にこの中から生まれる魔を削ぎ落としたとて、妖を滅する要領で存在すら消し飛ぶかもしれない。二に、仮にそれが出来たとて、禊に加わった神器が大きな穢れを背負う事になる。
蛭子神の病みの重さを思い至らせる。
穢れを持ち込んだら、さっさと放ってしまう神も多い。



「やめろ、頼むから、戻って来い」手を握り、懇願する。キキ、とこの世に非ざる物が鳴く。「あ、」と反応らしい物は返ってきたが獣の意識の焦点は自己を喰らう妖の囁きにある。
少女は暫く寛ぎながら、その様相を眺めていたが、段々夜卜に諦めの色が見え始めた頃合いに、ねぇ、と悲壮の背中に呼びかける。

「ねぇ、夜卜。

面白い話、聞かせてあげましょうか

きっと、夜卜も気に入るわ」





[ 64/95 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



TOPに戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -