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「一凛様!!お会いしとおごさいました!!」

「お久しぶりです、御狐さま」

黄色の毛玉の塊が胸に飛び込んで来た。
狐狸貉もとい御狐さまは、きゅうきゅうと私の頬に鼻を擦り付けた。濡れた鼻が冷たい。

廃れた公立公園。
しばらく訪れていなかった場所だ。
報告がてら、土地神である彼(?)にご挨拶に来たのだった。

暫く見ない間に、お狐さまのお社は少し大きくなっていて、新調した賽銭箱はキラキラ輝く金箔を淵に張り巡らせてある。益々何を祀っているか混乱する仕上がりだ。

「おおおおお大神さま!!!」
お狐さまは、私の後ろにいるヒルコさんの姿を見るなりほぼ条件反射でぴぃと体をいすくめ対側の頭の向こう側に体を隠した。

「おおお大神、罰を!
この役立たずめに、どうか!」

ぴょこんと肩から降りると地面を這い蹲り、ははあ、と頭を垂れて、こおんとひと鳴き。
ヒルコさんは、煩わしそうにしっしっと、手をあっちにやる。
「一凛さま。
はてあれは本当に大神さまで、ありましょうや?
大神さまが、わたくしを足蹴にしない。罵らない。
わたくしは、あんな大失態を!犯したと言うのに!一凛さまにも申し訳ないことを」 

「えっと、失態って……何の事ですか?」

「何を悠長な、一凛様
大神さまから一凛さまのことを聞きまして、わたくしはもう…、もう…!!
わたくしが、危うい道を進めたばかりに!
一凛さまに二度とお会い出来ないものと…しかし、一凛さまは大神さまの元に戻られた!!」

「お、おきつねさま…、おちついて、…」

「さすが、さすが!
大神さまの道司どのでございますうう!」

こおんこおんと犬の遠吠えの如く噎び泣きはじめた。

「ああ、うるさい黙れ、
どいつもこいつも、大袈裟に騒ぐ」

手が早い物憂い神は御狐さまを足蹴にした。

「あの、ヒルコさん、ぼ、暴力は…」

「いいえ、此れはわたくしの咎っ
慎んでお受け申しました」


狐さまは私の心配させた旨、さらに仔細を聞くと、体を震わせて、よう無事でごさいました、と小さな前足を擦り合わせた。

「心配は嬉しいですけど、大袈裟ですよ」

「いいえ、いいえ!
狭間に落ちた死霊の末路は、恐ろしいもの。戻ること叶わずされど忘れること出来ず、己の運命を呪い自身を食い潰す、哀れなモノに成り下がるのでごさいます、わたくしの、わたくしの所為で!!」
「あの、そんな、御狐さまの所為じゃないんですから、そんなに興奮しないで…」
「なんっと、お優しい一凛さま!」
きゅいーと一声泣く。
「大神さまも大変ご心配のご様子で、わたくしはもう、恐ろしゅうて恐ろしゅうて」

くるくると回って、結局、首元当たりに落ち着いた。
どうして私は道を外れてしまったのか、分からない。
名前を呼ばれた、きがして。

御狐さまは、ムムムと唸って頭の方に移動する。ヤケに真剣な口調だった。

「一凛さま。その声に答えてはなりません。
神器とは元来、危うい存在。
少しの綻びであちら側に転げ落ちる。
あなた様の後ろで常に両手を広げている。
耳を塞ぎ、口をとだして、どんな甘言にものってはなりません」

つきりと頭痛が走る。

「しかし、一凛さまは、かの果てから戻ってこられたのでございますからね、流石大神さまの神器でございます。
わたくしの知らないことの果てを今度じっくりお聞かせ願いとぉごさいまするな」

違う、私は戻ってこれたのではなくって、

今駆り立てているのは、

あるはずが無いのに。

ふと、呼ばれた気がして、寒空のした、振り向けば。

芳しい、桃の香り。

戻っておいで、と私に囁く。


目の前に広がっていた視界いっぱいの野暮ったい灰色に何か惹かれ止まない物が確かにあって、スコープが絞られて遠くの有らぬ所まで。
ヒルコさんとお狐さまの話は終わっていて、視線をしたに移すと豪奢になった賽銭箱の手前でお狐さまはシュンと耳と尻尾を垂れて項垂れている。パタパタと低空飛行に地面を叩くふわふわの尻尾が砂埃を立てさせる。
「一凛さま。
此れだけは、此れだけは。
貴女さまが求めるものは、此岸でも彼岸でもなく、此処に在ると」

「また、お目に掛かれますよう」

強引に歩かされるまま、後ろのお狐さまが小さくなって行く。

どんぐりの目がそっと優しく細められた気がした。


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