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綿埃(わたぼこり)のようにそよぐ小物共は、親玉が気孔(きこう)から吐き出す生暖かい穢(けが)れの塊に乗って散り散り拡散していく。

ぷしゅう、と毒気を膨らんだため息を身体中の穴という穴から吹き出した。
鼻が曲がりそうな、匂いに袖で顔を覆う。
ソレ、と目が合った。

『ニゲ、ナイデ、』

『イッショ、イッショ、ヨオイデ』

地を這う声がしつこく追ってくる。
駈け出す私の足、握り締めた買い物袋の中身ががさがさと鳴る。ひょいと小道に踊り込み、

「…、一線!!」

振り向きざま、死角から境界を引く。
何匹かは散ったが、追いすがり押し倒し迫る魍魎(もうりょう)の勢いは衰えない。

『クローテ、ヤロウソウシヨウ』

『クチオシヤ、ナー、ーーエダーー』

このままではらちが開かない。
呪を唱えるべく息を吸った、すると
パン、
空が弾けて、光が差し込み、怯んだ妖の動きがとまった。
降り立った黒い影が、ゆっくりと顔を上げる。

自分に張り付く魑魅魍魎(ちみもうりょう)を埃を払う程度に払ってから、手を私に向かって差し出す。


「来い、一器」


口で刻まれる仮名が、全身が奮い立つような高揚感を呼び起こし、身体中を満ちる。
まるで何かが乗り移ったかのように、振る舞い方は全て体が教えてくれる。転変(てんぺん)した自分。私の主の手。







人の形に戻り、よろけた所に腕を取られ危ういところで支えてもらう。
足元では、嘆き苦しむ手を伸ばす妖共の骸が砂塵(さじん)とかし、空気に溶けていた。
止めとばかり、靴底がヒレの付いた手をもった黒い物を瓦解(がかい)させる。潰れた蛙の様な音を立てて(実際ソレは蛙にも蜥蜴にも見える中途半端な形をしていた)無に帰った。吐き気を催して、口を押さえて少し黙った。

「サァ、弁解を聞こうか」

腕を引っ張り上げられる要領で、強制対峙させられた私は、平素の様でいて、怒気を孕(はら)んだ詰問に体を小さくした。
まだ「遣われる」事に慣れて居らず、開放された後は、体力を絞りとられ、酷く疲れる。
青い顔の私に軽く嘆息すると、「まだ調整が必要か」と呟き、私の体を抱え上げた。
トントンと背中を叩いて私をあやすと、壁に、屋根に一足飛びで辺りが一望できる高い場所に出る。
空を縫(ぬ)うように、跳躍と着地を繰り返して移動する。

「あの、何でヒルコさんはあそこに?」

「アンタ居なかったから」

当然のごとく返され、私は暖かいブルゾンの胸へ顔を落とす。

朴訥と語られる言葉はただ事実だけを述べる。
飾らないから、大げさでもなくそれ以上でも、以下もなく。
男の体は私を伴って重力に従って下降しゆっくり膝を落として二人分の重量を完全に相殺させると、電柱の頭に立ち一旦止まった。

「で、」ヒルコさんが言葉を投げる。

「……で、って」

「まだアンタの口から聞いてない」

「ご、ごめんなさい」

出しなの筆頭の言葉は無視。

「えっと、声は、掛けようと思ったんですよ、でも、ヒルコさん雪音くんと…、忙しそうだったし、折角仲良くしてたから、邪魔するのもどうかと思って…」

「なんでアンタが、あんな餓鬼に気を使うんだ」

「でも、雪音くん、折角、ヒルコさん好いてくれてるのに……」

「夜卜神の神器なだけで信用ならない」

まだまだ機嫌はなおりそうにない。
ヒルコさんと私、常に一緒に行動している訳では無いのけども、時々自分の神器の姿が見えないとなると、何かの焦燥感に駆られるようで、私の所まで飛んでくる。
ヒルコさんの失踪癖がまた顕著になって来ていて、朝から一日中いなくて、夜中に帰ってくることもざら。本当に一体何処に出掛けているんだろう。

原因不明のヤスミも無理やりにでも床につかせていたお陰か快方して顔色も良くなった。
前途多難とは言え、やっと「使ってもらえる神器」に昇格出来たのだ。
名前を呼ばれる時も抵抗なく、ヒルコさんに「まあ便利」と言う位置付けで妖を滅する時はお声が掛かるようになった。一回の転変で息が上がるのを見て「アンタを虐めてるみたいでヤダ」と渋っていたが、遣ってくれた方が嬉しいと伝えると、了承してくれた。




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