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種々大量な料理に埋れ、今まさにこの世の至福の時間にいる。チキンを右で頬張り、左手で引き寄せてずずっとパスタを啜るように飲み込んでいる。異様な食欲を発揮しているアレンの食事風景は食堂で一際人目を引いていた。誰もが化物でも見るような驚愕の顔でその場を去るのだが、本人全く意に返して居らず、もっさもっさと口を動かし手を動かし、目は死んだ魚の目。最早本能で手当たり次第に咀嚼しているのである。ほおいっぱいに食べ物を貯めている姿は愛くるしいが、その量とスピードがさながらバキュームの様に皿が吸い込まれていく。

アレンはぼうっと考える。
桜子さんどこ行ったんだろう。
結局食堂には居なかった。
コムイには悪いと思うがアレンの腹の虫が限界に来ていたので、やむなく、本当に仕方なく、探すのも諦めた。自室を探しても良かったがそこまでする義理はないよなぁと思う。
その本人については、結構人気があるのだなぁという、どうでも良いアレンの感想だ。ふむふむ、なるほどなるほど。女性が唯でさえ少ないこの職場では年頃というだけで重宝されるだろう。リナリーにもコレは当てはまるが、コムイという病的シスコンのガードが無いので好意に直結することもあるのではないか。あの性格だと押しにも弱そうだ。女性は大変だなと、分析してみるが、まあ、実際他人事なのである。可愛らしい、好ましい人だとは思ったが、皆の様に容姿云々でミーハーに騒げない。同じ仲間として先輩エクソシストとして祭り上げるのは何か違うと思ったのだ。あ、このみたらし団子、うまい。
一時間後、食い散らかした残骸だけが残った。満足した下っ腹を撫でながら、食後の身体を休むべく自室へと向かう。

角を曲がると閉塞感が増した。ホームは中央広がりの構造をしている。プライベートスペースは堅牢な山岳の裾野辺りに取られていた。やっと覚えた自分の部屋迄の道で、おや足を止める。扉が等間隔に整列している自分の前方にいるのは、もしや桜子ではないか。近づくにつれて、もしやは確信にかわる。こんなところに居たのか。

「桜子さーー」
アレンが明るい調子で声を掛けかけた時、
パン、と、
寒々とした長い廊下中央で、何かが弾ける音が響いた。
「な、あ」
世界の音という音が凍ってしまった、そんな錯覚を起こす程の無音の時間。
大きく掲げられた右手が容赦無く白い頬を打ったのだ。

「ごめんなさい…」
左手で頬を抑えた桜子の潤んだ瞳はたちまち涙がたまり、頭を俯かせた。
そこで思考が回復し、
「何してるんですか?!」
慌てて駆け寄り、桜子の肩を引き寄せる。痛々しくもその華奢な肩は小刻みに震えている。
「アレン…」
「あの、大丈夫ですか?冷やした方が…」
「違うんです、アレンさん。これは…私が悪いんです。」
何がどう違うのか。婦女子に手を上げて良い道理などあるものか。アレンがぎいとその男を睨み付けると、弱ったなぁと言った心底困惑した顔でアレンと桜子を見比べていたが、その内罰の悪そうな顔でじゃあ、と白衣を翻したのである。





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