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そんな軽口を叩きあいながら。
思えば、その後ろ姿が目に止まった瞬間から、自分の中には桜子意外に眼中がなかった。桜子はそう言うある種の求心力を持っている。
投じられた一石から水面に波紋が広がるように。
『ラビさん、ラビさん』
それは、悲しみだった。
棺桶、棺桶、棺桶、知った名前と白い蘭。手向ける告別。
静謐な式。
棺桶に必死にしがみ付き咽び泣く少女。
胸を襲うのは衝撃だーーーー自分の酷薄さを思い知らされると同時に非常にもなり切れない自分に対する安堵と。
その少女を美しいと、そう思った。
鮮やかな回想の次に起こる現象をラビは予期していた。
痛い記憶を忘れる事の出来ない性をこの時程怨むことはない。
拉致のあかない禅問答が始まる。
『あなたは、かわいそう』
高くも低くもない声が脳に直接響く。
『可哀想』
ラビはその声に答えずには居られないのだ。
誰がさ
『あなたが』
どうして
『苦しんでいるから』
そんなことないさ
『嘘よ』
どうして
『あなたは私だもの』
オレが?あんたに?
『そう、だから私はわかるわ
ねぇ、嘘だと思うなら、答えてごらんなさいよ』
ーーーーーあなたは何者??
『心を赴かせず、拠り所を持たず、
流離うばかりの時の記録者、』
黙れ。
『あなたはひとり』
うるさい。
『理解する事も無ければ理解される事もない』
うるさいうるさいうるさい。
『あなたはあの子とは同じに慣れないの。
手を伸ばしても無理なのよ』
嘲笑混じりの声で、
『可哀想ね』
ーービさん、
「ラビさん!!」
思考の海から突然引きづり出されたラビは、ハッと目を開ける。焦点を合わせれば、桜子が心配そうに此方を覗き込んでいる。
「桜子……?」
「ごめんなさい、起こしてしまって。
でも、寝るならちゃんと自分の部屋に行って休んだ方が言いと思ったんです」
体を起こして辺りを見渡せば自分の部屋では勿論なく、趣味良く整然としている桜子の部屋であった。何回か入った事がある。桜子の部屋のベッドを今迄占領していたようだ。
どうやら女の子の部屋で図々しく寝入ってしまったらしい。はて、でもいつ自分は桜子の部屋に招かれたのだろう。全く記憶がなかった。
額に玉のような油汗が浮かんでいて、夢見が悪かったのかなんなのか、しかし全くその内容は覚えていない。
「あの……大丈夫です?」
「なにさ?」
「顔色が真っ青だけれど」
すっと伸びてくる青白い腕が異質の物の様に感じられて、本能的にラビは振り払っていた。
「わ、悪い!ごめんさ、ちょっとびっくりして…」
「い、いえ、私は大丈夫ですから」
ほっそりとした腕を胸にだく桜子は傷付いた顔をしている。罪悪感が胸に去来する。心配してくれた女の子になんて態度を。
相当自分は疲れているらしい。直ぐに、自室に帰ればよかった。
桜子は大事そうに払われた右腕をさすっている。その腕に普段彼女の標準装備である肘迄あるグローブは嵌っていなかった。白磁の肌のその先に黒貝の様な爪が、綺麗に並んでいる。その主張のあるコントラストが一層目を引いた。
「ごめんなさい、汚くて」
桜子は何故か顔を伏せた。
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