「あ"ー…寒いっ!」

この寒い中、しかも夜の海上をこんな速度で飛行するなんて生身の人間にゃ結構な拷問だと思う。
けどフィルに会えるってことを考えりゃ…こんなもんいくらでも我慢できんだよなあ。

「文句言うんじゃねえよい。付き合わされてるおれの身にもなりやがれ。」

おれを乗せるのは真っ赤なお鼻のトナカイ…ではなく真っ青な不死鳥(おっさん)。
モビーでは昨日今日と宴が続いていることもあり、その声は少し眠たげである。

「わかってるって。今度おれの秘蔵っ子出してやるから頼むぜ。」

ひょいと顔をのぞきこめば、「それくらいしてもらわねえと困る」と返された。
まあ今回ばかりは不死鳥サマに頭が上がらない。
あの島が今の航路からそう離れていないとはいえ、それでも通常の手段じゃ会いに行くなんて考えには到底至らない距離だ。
けどそれを可能にしてくれたこいつ、それにおれを快く送り出してくれたオヤジやみんなには感謝の言葉しかねえ。

「…フィル、元気してっかなあ。」
「4日前にも話してただろい。」
「それとこれとは別なんだよ。あー…早く会いてえ。」

会えるとわかったらそわそわしてしょうがねえ。
…そうだ、会って何する?
あれ渡すだろ?それにたくさん喋りてえし、やりたいことなんて山ほどあるけど…あー、もうフィルといられるんならそれだけで十分だわ。
……いや、やっぱ思いっきりぎゅーってしてえ。
うん、圧倒的にフィルが足りてねえな。

「おい、もう着くぞ。」

フィルのことを考えるだけで幸せな気分になれる。
まあ浸りすぎて大抵こいつに一発入れられちまうんだけど。
ばっと身を乗り出して確認すると、もう島全体が見える距離に来ていた。
…もうすぐフィルに会えるんだよなあ。

「で、どこ行きゃいいんだよい。店にいんのか?」
「…多分?」
「あ?」
「だって言ってねえもんよ、今日行くって。」
「…こんな夜に寒中水泳なんてお前も物好き」
「待て待て待て待て!?疲れてんのはわかるけどそれくらいで怒んなよ!」

…っぶねー、目が本気だったぞ!?
こんなときに寒中水泳なんてやってられるかっての!

「何で言ってねえんだよい。」
「んなの決まってるだろ、びっくりさせてえじゃん?」

フィルも都合があるだろうし確実に会えることを考えれば伝えておく方が良いのかもしれねえけど…やっぱりフィルの驚く顔が見たい。
悪戯な気持ちが出てきてしまうのは仕方がないことだと思う。
おれにはちゃんとした理由でもマルコにとってはそうじゃなかったらしく、呆れたようにため息をつかれた。

「…結局、どこ行きゃいいんだ?」
「こんな時間だしなあ、とりあえず店…」

言いかけて、頭をよぎったとある可能性。
今日はクリスマスだ。
もしフィルが今日を特別視していて、もしフィルもおれと同じ気持ちだったとしたら。

「…マルコ、」
「だと思ったよい。」

おれが方角を示す前に進行方向を変えたマルコに流石だと笑う。
目指すはあの場所。
けど、普通に考えたらあそこにいる可能性は低い。
まずこんな寒さだし、今日みたいなイベント事の日だったら店主と楽しく過ごしているかもしれない。
それにもしあの場所に来ていたとしても、それは陽が出ている時間帯のことだろう。
だからほぼ諦めに近かったんだ。
なのに。
あの場所の近辺まで来たときに小さな姿が見えたもんだから、正直嘘だろって思っちまった。

「…お前には勿体ねえよい。」
「うるせえ。」
「くくっ。」

下を見ると、小さな姿は毛布らしきものにくるまって地面に座っている。
海を見ながら考えてるのは、きっとおれのこと。
おれに気をつかって会いてえとか寂しいとか一言だって言わねえフィルのこんな姿見ちまったんだ、もうめちゃくちゃに甘やかしてやりてえって思ったし、どうしようもなく嬉しくてたまらなかった。

「じゃあマルコ、いつもの酒場な。」
「…ここから飛び降りる気か?」
「言ったろ?びっくりさせてえんだよ、…フィルー!!」

突如響き渡った声にびくりと反応したフィルがきょろきょろと辺りを見渡している。
…ひひっ、ここだっての。
こうなったらいてもたってもいられない。
マルコに短く礼を言い、地上へ向けてその背から飛び降りた。
もちろん着地は成功、フィルはといえば突然のおれの登場に目を丸くして、更には口をぽっかりと開けて驚いている。

「メリークリスマス、フィル。」
「…め、めりー、くりすます…」

大成功だなこりゃ。
今一つ現状を受け入れきれてなさそうなフィルの隣に腰を下ろし、じっと見ること数秒。

「サッチ…さん?えと、なんで、」
「ああ、マルコにちょーっと飛んでもらった。」

目線で上空を指し示すと、青白く燃えるマルコの姿がある。
フィルと無事会えるか一応気にしてくれていたらしく、おれか手を振るとそいつは島の中心街の方へと飛び去っていった。

「…サッチさん、」
「ん?落ち着いた?」
「はい。…あの、寒かったですよね?毛布…」
「おれよりもフィルだろ?こんな時間に外出て!」
「ひゃっ!?」

自分がくるまっていた毛布をおれに掛けようとするもんだからキンッキンに冷えた手のひらで頬を挟んでやると、その冷たさにフィルの体が跳ねて驚く。
もちろんその隙に毛布を定位置へ。

「これでフィルの体調が崩れでもしたらおれ、立ち直れねえ。」
「こ、これくらい大丈夫」
「もう一回喰らいてえ?」

さっと構えたおれに、フィルは毛布を使って必死に拒否を示してきた。
冗談だと笑いながら手を下ろすと、からかわれて少し悔しそうな顔をしながらゆるゆると警戒を解く。

「…けど、見つけたときすげえ嬉しかった。」

嘘でも何でもない、正直な気持ち。
少し気恥ずかしくて頭を掻きつつ口にすると、それを聞いたフィルが毛布のかかる膝に顔を埋めた。
…ああ、照れちまったのな。

「おーい、フィルー、」

久しぶりすぎてどんな些細なやり取りだって楽しいし嬉しい。
それに、フィルの反応が目の前で見られるってのがもうたまらねえ。
照れて一向に顔をあげないフィルの肩を指でつつき、起きろと催促する。

「…は、い。」
「今日クリスマスだろ。これ、おれから。」
「えっ」
「…前に上陸した島で見つけた。フィルに似合うだろうなって。」

差し出したのは海の色をした髪留め。
目立った装飾がないから使いやすそうだと思ったし、何よりフィルは海が好きだから。
…あと、おれの選んだもん身に付けてほしかったりするわけで。

「…あ、あの!」
「ん?」
「ごめんなさい、私…何も用意してなくて、」
「それでいいんだよ、おれも今日渡せるなんて思ってなかったしな。」
「でも、」
「でもは無し。…なあ、嬉しくねえ?」

慌てて首を横に振ったフィルに笑って、少しいいかと長くやわらかい髪を手に取った。
きつくなりすぎないよう気を付けつつ髪をまとめていれば、フィルが恥ずかしそうに何度か視線をそらしながらもおれを見ようとしているのに気がつく。
…今目え合わせたらダメだなこれ。

「…ん、出来たぞ。」
「ありがとうございます。…あの、どうですか?」
「似合ってる。すっげえかわいい。」
「!…えと、その、」

フィルの目線はあっちへ行ったりこっちへ来たり、とにかく落ち着きがない。
あー…もうだめだ、せっかく会えたんだから我慢なんてしてられるか。

「フィル、ちょっとごめんな。」
「きゃっ!?」

一旦毛布はお預かり。
今の反応もかわいかったななんて思いつつフィルをひょいと持ち上げおれの足の間に移動、背後から抱き締めてやる。
最後に毛布でおれとフィルを包んじまえばもう完璧だ。

「サ、サッチさんっ、」
「髪上げちまったからな、寒いだろ?こうすりゃおれもあったけえし。」
「そうですけど、」
「それにおれ、フィルが足りねえの。もう全っ然。」

ぎゅうと抱き込み、顔はフィルの首筋につける。
がちがちに緊張して何も言えなくなったフィルがかわいくて仕方がねえ。
こうしてるだけですげえ幸せで、たまらなくフィルが好きだって思ってたわけ。
そしたらよ、フィルってば恥ずかしそうにしながらも手え重ねてくんだぜ?
…くそ、

「本っ当ずりい…。」
「え?」
「何でもねえよ。…ちょっといい子にしててくれるか?」

つい口から出てしまったひとりごと。
上手く聞き取れなかったらしいフィルをはぐらかしたあと耳元で囁き、強制的に大人しくさせる。
今でも結構キてんのに、これ以上何かされたら余裕なんてなくなっちまうっての。

「フィル、…好きだぜ。」

さあて、目一杯甘やかしてやんねえとな。

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