ケーキをつくり終えたら特にやることもなくなって、でも島に下りる気にもなれなくて。
薄暗い食堂でひとりぼんやりしてたら、いつの間にか寝ちゃってたみたいだ。
ゆっくりと目を開けてから体を起こすと、私の肩から毛布がずれ落ちた。
え?私、毛布なんか…

「たい、ちょ…」
「ん?起きたのか。」

隣には煙草を吸う隊長の姿。
私が起きたことが分かると、隊長はまだ火のついているそれを灰皿に押しつけた。

「…ったく、こんなとこで寝てんな。」

落ちてしまった毛布を拾い上げて軽くはたいた後、今だ唖然とする私にかけてくれる。
用意してくれたのはやっぱり隊長だったみたい。
私がぎこちなくお礼を言うと、「おれが来なかったら確実に風邪ひいてたぞ」と苦笑された。

「島、下りなかったのか。」
「はい。隊長は何で…」
「おれの家はここだっての。帰ってきちゃ悪いか?」

すぐさま首を横に振った私を隊長はやわらかく笑う。
普段はあまり見せることのないこの優しい顔が私はすごく好きなんだ。
…もっと見せてくれたらいいのになあ。

「…フィル、『あれ』つくってやろうか。」
「!お、お願いします!」

『あれ』とは私が大好きなアップルシナモンティーのことで、隊長のとっておきの一品でもある。
ぱっと顔を輝かせた私に呆れつつも笑う隊長は、立ち上がりざまに私の頭をくしゃりと撫でて厨房へと入っていった。
…でも隊長、何で帰ってきたんだろう。
明日のこと考えて戻ってきたとか?(本人の前じゃ絶対言えないけど)隊長って意外と真面目だもんね。
それに…どうして私が起きるまでいてくれたのかなあ。
私はもちろん嬉しかったけど、待ってたら隊長も寒いし起こしてくれてもよかっ……あ、もしかして起こされたけど気づかなかったのかなあ。
毛布をかぶり直しながらそんなことを考えていると、両手にカップを持った隊長が戻ってきてそのひとつを私の目の前に置いてくれた。
ふわりと香るにおいにすごく幸せな気持ちになる。

「ありがとうございます!…ね、隊長、」
「ん?」
「もしかして…起こしてくれたりしました?」
「いや。」

言いながら隊長が隣の席に座る。
ぎし、と椅子の軋む音がした。

「…じゃあ、どうして私が起きるまでいてくれたんです?」
「…そうだなあ、」

考えるようにゆったりとした口調で話した隊長は、ズボンのポケットに手を入れて何かを取り出した。
隊長の手に収まる程のそれは、私に向かって差し出されている。

「目立ちたがりなサンタクロースにでもなろうかと思ってな。」

戸惑いながらも受け取った、きれいな海の色をした髪留め。
実は2週間前の戦闘で、気に入っていた髪留めが壊れちゃってたんだ。
そのこと、隊長には言ってなかったのに…。

「知ってたんですか…?」
「ちゃーんと見てんだよ。」

その言葉に喉の奥がきゅうと苦しくなる。
今日みたいな特別な日に、大好きな隊長からのプレゼント。
隊長にとっては何でもないことかもしれないけど…だめだ、嬉しすぎてどうしようもないよ。

「一生大事にします…!」
「ん。…貸してみ?」

返事を待たずに私の手から髪留めを取った隊長が腕だけ私の後ろにまわして、器用に私の髪をまとめあげていく。
隊長の指は時々首をかすめてくし、いつになくまっすぐな目をした隊長がすぐ正面にいるし…ど、どきどきしすぎて死んじゃいそう!

「出来たぞ。…うん、やっぱ似合うな。」
「あ、ありがとうございます…。」

…もーっ!何でそんな優しい顔してそういうこと言っちゃうんですか!
た、隊長なんだから普段みたいにしててくださいよ!

「ああああの!」
「ん?」
「ちょっと待っててください!」

何だか普段と雰囲気の違う隊長にどきどきしてしまって平常心じゃいられない。
隊長を残して逃げるように私が向かった先は厨房の冷蔵庫。
もちろん、あれを取りに行くためだ。
…隊長、おいしいって言ってくれるかな。
気持ちを落ち着けてからフォークと取り皿を持って戻ると、待っていた隊長が私の手の中のものを見つけて小さく声をあげた。

「今日、これつくってたんです。」
「きれいに仕上げてんな。」
「えへへ。…さっきのお礼です、どうぞ。」
「…いいのか?おれなんかが食っちまっても。」

…違うんです、隊長。
私、本当は隊長に食べてほしくてつくったんです。
その理由を、気持ちを伝えるなんて私には到底出来ないけど。
でも少しだけ、少しくらいなら。

「……たいちょうだから…たべてほしい、です。」

恥ずかしくてうつむいた私には隊長がどんな表情をしたのかわからなかったけど、その代わりにフォークがたてる金属音が聞こえてきて。
顔をあげると、一口食べた隊長が私の好きなあの表情で頭を一度撫でてくれた。
…よかった、ケーキはおいしく出来てたみたい。

「…フィル、」
「?」
「何で起こさねえで待ってたと思う?」

コーヒーを飲む隊長からのおかしな質問。
だってその質問は私がさっきしたもので、隊長もちゃんと答えをくれた。

「隊長、でもさっき…」
「ありゃ冗談だ。他にちゃんとした理由があんだよ。」

他にって言われても…。
起こさないで待ってるなんて寒いだけだし、メリットなんてないとけどなあ。

「フィル、今日はどういう日だ。」

悩む私を見て、隊長がケーキをすくいつつ誰でもわかりそうなことを訊いてきた。
これって…一応ヒントなんだよね?

「…クリスマスイブ、ですね。」
「そうだな。」

肯定されたものの、私には何でそれがヒントになるのかがわからない。
結局思い付かなくて答えをねだるようにじっと見ると、隊長がふっと笑って。

「…今日みたいな日にゃ、惚れたやつと少しだって長くいてえとか思わねえか?」

たとえそいつが寝てようがな。
そう付け足した隊長が確かに私を見るから、たまらなくどきどきして急に何も考えられなくなってしまう。
そんな私に隊長は大きなため息をついた。

「シチュエーションがこんだけ揃ってるってのに島のどこ探してもいねえし?」
「……」
「出会ったナースに話聞きゃあ船に残るっつって?こんな日にだぜ?本っ当ありえねえ。」
「………」
「で、戻ってきてみりゃこんな所でオヤスミ中だしよ。勘弁してくれなんて思ってたんだが…まあ『おれだから食べてほしい』なんて可愛いこと言われちゃ許すしかねえよなあ?」
「…そ、そそそそれって、つまり、」
「そういうこと。…好きだぜフィル。」

ぼふっ。
真っ赤になる私からはそんな音がしたに違いない。
嬉しくて、でもそれ以上に信じられなくて口はぱくぱくと開閉を繰り返してしまう。
そんな私の気持ちも全部見通しているみたいに、隊長が返事を急かしてくるから。

「わたしも……すき、です。」

私の小声に、隊長は私の頭を撫でながらすごく優しい手つきで髪に指を通していく。
ちらりと見たその表情がまた普段と違うせいで、もう顔なんてあげられたもんじゃない。
…ど、どうしよう、本当に夢みたいだ。
隊長が私のこと好きだって言ってくれたんだよ?な、何だか嬉しすぎて逆に実感わかないや…。

「フィル、お前も食う?」
「!は、はいっ、」
「…あー、そっちじゃなくて」

大きな手に頬をとられたと思ったら、隊長の顔がすぐそこにあって。
…これ、もしかして、

「……ほれ、感想は。」

……。
……ええと、今のって…あれだよね?
つまりだよ?私、隊長とキ…、…っ!!!?
え!?ちょっと隊長何するんですか!?そ、そういうのってもっと前振りとか流れとかつくってからするものなんじゃないんですか!?いきなりすぎて私心の準備とか何にもしてなかったんですけどってああもう今ごろどきどきしてきちゃったじゃないですか!!!

「たたたたいちょう、あ、あの、」
「何だよ、わかんなかったか?…じゃあもう一回してやるから今度はちゃんと味見とけよ。」
「へ!?待っ」

隊長の大きな手が私の頬に添えられて。
キスされたと思ったら、今度はやわらかいものが口の中に入ってきた。
舌を絡めとられて身体中がぞくぞくするし、時々聞こえる隊長の息づかいに頭はくらくらする。
隊長から与えられるものを受け入れるのに精一杯で、呼吸も満足に出来やしない 。
それから解放されたのは、力も入らず隊長の服をつかめなくなったころ。

「…んな余裕ねえか。」

どきどきして、頭がぼーっとして、息がすごく荒くて。
そんな私を胸に押し付け、隊長が面白そうにくつくつと笑う。
も、もう色々とありすぎて嬉しさがどこかに行っちゃったよ…。
頭が回らないながらも呼吸を整えていると、突然体が宙に浮く感覚。
驚いて顔をあげると、私を担いだ隊長がケーキを持って歩き出しているではないか。

「ど、どこ行くんですかっ!?」
「どこって…おれの部屋。」

隊長は平然と答えながら私にケーキを持たせると、せっかくつけてくれた髪留めをどうしてか外してしまう。
その発言だけでも驚きなのに、更には意図のわからない行動。
何の言葉も出なくなった私を見て。

「あのなフィル、今夜は冷えるんだ。」

唇を舐めた隊長の表情は、男の人のそれだった。

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