「なあサッチ、次は10段にしてくれよ!」
おれの隣ではパンケーキを頬張っているエース。
切り分けて食べるのも煩わしかったのか、フォークとナイフは未使用のままだ。
「その大きさなら5段で十分だろうが。」
「いや!足り」
ごん、と固い音がする。
メープルシロップたっぷりのパンケーキに埋もれられるのを避けるために、皿ごと下げたのだ。
食事中にも突然眠り出すエースの奇行に最初は驚いていたが、今となれば日常風景のひとつだから大して気にはならなくなった。
皿に乗る通常より随分と大きいそれを少しちぎって口の中へ。
おれがつくったんだから少しくらい食べてもいいだろう。
「…ちと焼きすぎたかな。フィル、味どうだ?」
新聞を広げているおっさんの隣で、同じくおれのつくったパンケーキ(かわいいサイズの3段)を食べていたフィルが顔を上げる。
きょとんとした後、首を横に振って。
「ふわふわしてすごくおいしいですよ。」
あー、ふわふわなのはフィルの笑顔な。
幸せそうで何よりな妹に笑って返すおれが感じたのは、突き刺さるような視線。
(…いい加減それやめろっての。)
おっさんに嫉妬するおっさんなんて笑えないにもほどがあるぞ。
ため息混じりに見てやれば、海王類も逃げ出すような眼光を新聞越しに向けてくるそいつ。
覇気も交えてのそれに、新聞は渇いた音をたてるしカップがかたかたと揺れる。
「、マルコさん?」
違和感を感じたフィルが隣のそいつを見上げた瞬間だ。
もうこの変わり身の早さにゃ誰だって驚くんじゃねえか?
「どうした?」
そりゃもう完璧なわけ。
少し色を含んだ声に、薄く笑みを混ぜた表情。
…さっきのおれへの殺意はどこいった。
「!…い、いえ、その」
表には出さないが、フィルの反応にそりゃもう満足そうなそいつ。
もうおれへの嫉妬なんて完全に消え去ってるに違いねえ。
「何だ、忘れちまったのかい。」
「!マ、マルコさんもパンケーキ食べませんか?おいしいですよ。」
咄嗟に思い付いたらしい提案。
コーヒーだけでいいって言われてこいつの分は焼かなかったから…まあ流れとしては変じゃねえか。
「そうかい。なら一口、」
言い終わらねえうちにフィルのフォークを持つ方の手をとったそいつは、そのままその先端に刺さっていたものを口に運びやがった。
手ェ持つ必要あったか!?普通にフォークだけ借りればいいだろ!
「…フィル?」
顔を赤くしながら口をぱくぱくとさせるフィルにおれからすりゃ確信犯としか思えねえそいつが問いかけるもんだから、フィルは何か返そうと必死な様子で。
「あ、味、どうでしたか、」
「まあ…、」
言葉を並べるのがやっとなフィルにそいつが返答しようとして、途切れる。
じっとフィルを見るそいつにおれもフィルも疑問符しか浮かばない。
「?マルコさ」
「付いてる。」
そいつはフィルの口の端に付いちまってたシロップを指の腹ですくうと、何でもねえことのようにそれを舐めやがった。
「おれには少し甘すぎるよい。」
沸点に達したらしく真っ赤な顔して固まったフィルを満足そうに見た後、そいつが再び新聞を持ち直す。
新聞なんて形だけで実際は隣のフィルしか見てねえんだってこと、この際バラしちまおうか。
そんなことを考えていたら、おれの隣で眠っていた弟が起床。
「起きたか。ほら、」
「、皿避けてくれたんだな。ありがとう。」
さあ再開と言わんばかりにエースがパンケーキを頬張った時、正面で固まるフィルに気づいて。
「…なあサッチ、」
「ん?」
「フィルっておれより体温高そうだよな。」
食べる手は止めずにしみじみと言うエースに、おれは一言付け足した。
「…マルコといるとき限定でな。」