「付き合わせてすまねえな。」

新調した銃の試し撃ちがしたい。
そんなイゾウ隊長の付き添いとして駆り出された帰り道。
折角の陸だからと降りた島は元々賑やかなのだろうけど、かの有名な白ひげ海賊団が上陸したとあってかお祭り騒ぎもいいところだ。

「いえいえ、とんでもないです。」

そのわりには「来るよな?」って有無を言わせない雰囲気だったじゃないですか。
にっこり笑ったつもりだったのに、イゾウ隊長にはばればれだったらしく。

「何か言いたそうな顔だな?」
「…ソンナコトアリマセン。」

にやりと笑ったイゾウ隊長と目なんて合わせていられない。
穏便にやり過ごそうとして機械的な動きをしつつも明後日の方向を向いた。
すると。

(あ、…)

本当に偶然だったと思う。
視線の先には私の恋人であるサッチさんの姿。
なのに気持ちがこんなにも沈んでしまったのはサッチさんの隣には私の知らない女性がいて、しかもその女性の頬にキスしていたから。

「チッ、あの馬鹿野郎…」

隣で金属音がしたかと思えば、同じくその現場を視界にとらえたらしいイゾウ隊長が銃を構えていて。
それを慌てて止めさせた私は、隊長に対して失礼とは思いつつもその腕を引いて無理矢理移動する。

「…何で邪魔しやがる、」
「い、いいんです。サッチさんってモテますし。」
「フィル」

確かにそうではあるけど、さっきのは明らかにサッチさんから行われた行為。
それを咎めようとせずにはぐらかす私の言い方が納得いかないようで、イゾウ隊長が私の名前を呼ぶ。

「それに、」

満足させられない私が悪いんです。
自分で虚勢を吐いたくせして、それはどんどんと胸の奥に拡がっていく。
イゾウ隊長は小さく舌打ちをしたあと、私の腕を引く形で船へと戻ってくれた。

ーー


なかなか寝付けなかった。
気にしないようにしていても、やっぱりちらついてしまうから。
何か温かいものでも飲めば眠れるかなと思い、誰もいない食堂のカウンターに座ってひとり息をついていると。

「まだ起きてたのか。」

その声も態度も、いつもと何一つ変わらない調子だった。
そのことがより私の気持ちを不安定にする。

「今から寝ます。」

ああ、かわいくないな。
咄嗟に返した言葉は素っ気なくて、声も愛想がなかった。
私の希望に反してサッチさんは距離を詰めてくる。

「お、今日のフィルはご機嫌ななめか。」
「いつもと一緒です。」
「…何かあったな。ほら、話してみろよ。」

ただ嫌だった。
何の負い目もなく普段通りに話しかけてくるサッチさんにも、本心を言えない自分にも。
言って、逆に嫌われたらどうしよう。
本当に飽きられてたらどうしよう。
そんな不安が付きまとって、サッチさんに本心を話すなんてことは出来ない。

「大丈夫です、心配してくださってありがとうございます。」

かたりと席を立ち、サッチさんの隣を抜けようとした。
なのに、途中で腕をつかまれてそれも叶わない。

「んな顔してんのに放っとけるかよ。」

さっきとは全く違う真剣そうな表情に泣きたくなる。
サッチさんの中で、あの行為に後ろめたさを感じることはないんだ。
それが余計に悲しくて視線をそらすと、つかまれていた腕がゆっくりと解放されて。

「…おれには話せねえか?」

絶対に言わないつもりだったのに。
心配しているというよりも苦しいのを我慢しているような表情が理解できなかったし、悲しくもある。
もう、いいや。
半ば諦めにも似たひとりごとを聞き返され、私は全て話すことを決めた。

「今日見ました、サッチさんが町の女性にキスしてるところ。」

嫉妬だとか束縛だとか。
サッチさんからすれば嫌だろうなと思うから言いたくはなかったし、言った後のことを考えると不安だったから怖くて言えなかったんだ。

「私、すごく嫌でした。やめてほしかった。」

サッチさんは黙って聞いている。
やっぱり面倒だと思われたのかな。
そうは思うけれど、一度溢れてしまったら今まで我慢していたのが嘘みたいにするすると言葉が出てくる。

「飽きたのならそう言ってくれればいいじゃないですか。すぐ別れて」
「ストップ。それ以上は聞きたくねえ。」

瞬間、抱き締められたとわかった。
力強いけれど、とても優しい。

「…悪かった。」

絞り出すように吐き出された、普段のサッチさんからは想像も出来ないような震えた声。
驚いて顔をあげると苦しそうな、でも半分は笑顔で頭を撫でられる。

「話しかけてきたのは向こうからだったんだ。けどお前の姿が見えたときに思っちまったんだよな、…妬いてくれんのかなって。」
「…わたしだって、それくらい、します」

何だそれは。
じゃあ試されたということだろうか。
安心したのと、けれどやっぱり悲しいのとでとうとう泣いてしまった私を、サッチさんは「うん、ごめんな」と謝りながらあやすように背を叩く。

「…フィル、おれに遠慮してねえ?」

ただでさえ隊長と一隊員という離れた立場なのにその相手と付き合っているのだ、私が遠慮しないわけがない。
ぴくりと反応する私にサッチさんはやっぱり、といった表情で眉を下げた。

「心配事でも不満でも何でも…言いてえことがあるなら言ってくれていいんだぜ?それとも、おれってばそこまで小せえ男に見える?」
「!い、いやっ、」
「まあフィルの性格なら遠慮しちまうか。どうせ立場のこと気にしてんだろ?」

当てられて何も言えなくなった私にサッチさんは軽く笑う。
サッチさんはサッチさんで、私が遠慮がちになっていることを気にしてくれていたみたいだ。

「好きだとかそういうこともあんまり言ってくれねえよな。」
「…だって、恥ずかしいじゃないですか。」
「知ってる。…けど聞きてえし、もっと言ってほしい。」

それに、何だか気持ちを伝えることさえもおこがましい気がしてしまうから。
口には出さなかったけどサッチさんはわかったんだろう、くつくつと苦笑いをされた。
もしかしたら、私が言葉にしないからサッチさんも不安だったのかな。
そう思いかけたとき、一層強く抱き締められて。

「おれ、フィルのことすげえ好き。嫌な思いさせてごめんな。」
「…好きです、私も。」
「…もう今日みたいな真似は絶対にしねえ。だからさ、」

まわされた腕も、手のひらも、押し付けられる胸も、落とされる声も、全部ぜんぶあたたかい。
感じてた不安なんて、すぐに溶けてなくなってしまうんだ。

「フィルが思ってること、もっと聞かせて?」

(…じゃあ、)
(お、何?)
(この島出港するまでキスしたくありません。)
(!?そ、それだけは勘弁…っ!!)

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