(…くそっ、)

あーもう最悪だ。
心の中のおれは今ごろ両手で頭を抱えているんだろう。
何でかって?
それはおれの隣を大股で歩くこいつがいるせい。

「サッチぃ、何だかあついねえ、」

上機嫌そうにへらりと笑ってくるのは幼い頃から付き合いのあるフィル。
いつものメンバーで久しぶりに飲みに行ったのはいいが、酒が入っちまってることに加えて夜に女ひとりで歩かせるのは危ねえってなったんだ。
そこで駅まで送れと保護者役にされたのがおれってわけ。
まあおれがこいつのことどう思ってきたか知ってるからこそだろうし、なかなか行動に出ないおれに業を煮やしたんだろうけど…余計なことすんなってんだよ!

「そりゃ酒入ってるからな。ほらこっち、ふらふらしてんな。」
「はあーい、」

目を離した隙に車道に行きそうになるフィルの腕を引き、元の道へと正してやる。
あいつらからすれば「いいこと」してやったとか思ってんだろうが、この状況を素直には喜べない。
フィルには一度気持ちを伝えたことがあった。
けどこいつは冗談だと思ったらしく、「私もだよ」なんて今みたいにへらりと笑って返してきたんだ。
まあおれがそういう付き合い方してたってこともあるからそう捉えられても仕方ねえと思いはしたけど…あん時は流石にへこんだっけ。
照れたり驚いたりっていう反応すらなかったわけだから、フィルにとっちゃおれはオトモダチでそれ以上の存在としては見れねえってことを突きつけられた気がしたんだ。
…けど、諦めきれねえんだよ。

「んー、」
「どした。」
「サッチ、ごめんねぇ」

苦笑したような表情で突然謝まってきたフィル。
おれは視線を向けただけだったが、理由を求めたことは伝わったようだ。

「ほら、私ってサッチにお世話させてばっかりじゃない。」

酒が入っているせいだろう。
気分が良くなりはしたが、普段より心の内も出やすくなっているらしい。

「私が近くにいたら他の子たちに勘違いさせちゃうもんねえ、サッチだって気づいてるでしょ?」

フィルの言っていることは事実だ。
実際に勘違いしたやつらがおれに訊いてきて、違うことがわかると良かったとばかりに気持ちを伝えられることもあった。
けどおれとしてはわざと勘違いさせてるつもりだし、こいつにおれ以外のやつを近づけさせたくねえって独占欲がそうさせてるのも事実。
…そのことにフィルが気づくことはないんだろうが。

「…まあな。」
「あはは、だからごめんなさい」

そう言って深々と腰を折りつつも、再度歩き出すと「でもわかってても頼っちゃうんだよねえ」とおれからすれば嬉しいような、けれど考え方を変えれば残酷にも思える一言を投下する。
そりゃおれは喜んでいいのか。
口には出来ない問いを抱えてしまってばれないようにため息をつけば、フィルが声をかけてきた。

「今日は口数、少ないね」

少し歩いたことで酒も抜けてきたようで、歩調や喋り方は直っている。
大袈裟に腕を組み目をつむったフィルは今日のおれを思い返しているのだろう。

「うん、少ない。どうかした?」
「…別に。」
「うそ。その顔は何か隠してる顔だ。」

どうしたもこうしたも、隠してるも何も。
おれがおかしくなっちまう全ての原因はお前にあるってこと、どうして気づいてくれねえかなあ?
んな近づくんじゃねえ、抑えきれなくなっちまう。

「付き合いだけは長いからね、それくらいわか」

気がつけばフィルを道沿いの店の壁に追い込んでいた。
壁についた手はそのままに腕を折り少し屈むと、突然のことに驚いたフィルの顔が正面にくる。

「じゃあ、当ててみろよ。」

瞬きすることさえも躊躇しているんだろう。
フィルはいつもと違うおれの空気に戸惑いを隠せないようだ。

「…サッ」
「好きなんだよ、…お前のこと。」
「また、冗だ」
「今のおれ見て本気で冗談って思ってんのか?」

フィルも冗談とは思っていないだろうが、動揺から口をついて出たんだと思う。

「サッチ、…何、で」
「好きだから。」

それ以外にどう答えればいいのかおれにはわからないし、おれにとっちゃこれが全てだ。
おれからの視線に耐えきれなくなったフィルが目をそらす。

「返事。」
「っ、」
「くれよ、返事。まさかこのままってわけじゃねえだろ。」

やっと頭が回り始めたのか、その視線は落ち着きがない。
しどろもどろに意味を持たない言葉しか紡げないながらにも、フィルはおれに何か伝えようとしていて。

「…くくっ、」
「な、何、」
「付き合いだけは長えからな。」

言うが早いか片手をフィルの頬に、もう片方は頭の後ろに添えて口を塞ぐ。
一気に身体を強張らせたフィルに構うことなくそのまま舌を差し入れると、その口からはくぐもった声が漏れた。

「…サッチ、」

わざと音をたてて解放してやれば、乱れた呼吸を元に戻そうとしているフィルに睨まれる。

「あんな声出せんのな。かわいい。」
「!ちょ、何言って」

抱き寄せると面白いくらいに大人しくなったのに、その心臓はフル稼働しているもんだからその対比がおれをまた気分良くさせる。
しばらくするとフィルはおずおずとおれの背に腕をまわし、服を緩くつかんできた。
もちろん、その頬を赤く染めて。

「フィル、改めてよろしくな。」
「こちら、こそ。」
「…家、来いよ。」

少し遅れて、その首が小さく縦に振られたのを感じた。

- ナノ -