「予定じゃ何時なの?」
「さあな、昼までには済んじまうんじゃねえか?」
「おいサッチ!間に合うのかよ!?」
「知らねえよ!」
「マルコの人生がかかってるんだぞ!早く!」
「元はと言えばお前らが無理矢理着いてこようとしたからだろ!なのに準備遅えし…!」
物好きというか何と言うか。
現在この車は予定になかった3名を積んで今日退院する彼女の病院へと向かっている途中だ。
おれの色恋沙汰なんてどうでもいいだろうと言えば、その中の1名からは「よくねえ!応援してえじゃねえか!」と怒られる始末。
…それとだなサッチ、お前の髪のセットも遅れているひとつの要因だぞ。
「だってぼくら休みとってなかったんだもん。」
「でもオヤジは快く送り出してくれたぞ!しっかり見守ってやれって!やっぱりオヤジは最高だな!」
「はいはいそれにはおれも賛同するからちょっと黙って」
「いた!」
おれにしては珍しく焦りが表に出た声だった。
窓から見えた、病院の玄関付近に立っている3人の姿。
松葉杖の彼女とその横に母親、ふたりの正面にいるのは彼女の担当医だろう。
「えっ、どこ!?」
「玄関先、あそこだ!」
「なあ、話終わりそうな感じじゃねえ!?」
「停めてちゃ…間に合わねえな。」
「マルコ、先行け!」
病院の駐車場はまだ先だ。
声と同時に車が道端に寄せられる。
迷っている時間はない。
「すまねえ」
視線は行き先を見たままそう返し、ひとり車から降りて走り出す。
担当医は病院内へ戻っていき、残されたふたりも顔を見合わせた。
待ってくれ。
どうしても今日言いたいことがあるんだ。
そんなおれの願いが通じたのか、偶然振り返ったらしい彼女がおれの存在に気づいて。
その後母親と何か話していたようだが、それが終わると母親がおれの方を向いて軽く会釈をしてからひとり違う方向へと歩き出してしまった。
「…いいのかい。」
小さくなる母親の背中を一瞬見やった後、目の前の彼女に視線を戻す。
体力はある方だと思ってはいるが、別の要因もあってか落ち着くまでが長い気がする。
「はい、車に戻ってるから終わったら呼んでくれって。…マルコさん、来てくれたんですね。」
「ああ。…退院、おめでとう。」
照れたように笑う彼女。
その表情に、何だか体が熱くなったような気がした。
「忙しいのに何度もありがとうございました。すごく楽しかったです。」
決して無理なんてしていない。
それに、楽しかったのはおれの方だ。
「気にすんなよい、大したことはしてねえしな。」
「そんなことないです。あの、サッチさんにも伝えていただけると助かるんですけど…」
「いや、…今日あいつは来てるんだよい。」
その言葉を聞いた彼女が不思議そうな顔をした。
そのあときょろきょろと辺りを見渡していたが、あいつの姿がどこにもないことがわかるとその事を訊ねるようにおれを見る。
「あいつはあとで来る。それより…フィル、少しいいかい、」
いざその時となると途端に緊張し出してしまった。
嘘みたいに心臓がうるさくなり、口の中が渇き出す。
この歳になってこんな感覚を味わうことになろうとは思ってもいなかったため、戸惑いもあってかなかなか言葉が出てこない。
すると。
「マルコ!がんばれーっ!!」
まさかと思って聞きなれた声に振けば、サッチから一発喰らっているそいつの姿が。
あの、馬鹿…ッ!!
そういうことは心の中でしてくれ!!
本来ならばすぐさまエースの元に行き空気を読むということをその体に叩き込んでやりたいが、そんなことをしている場合ではない。
彼女も流石に驚きはしているものの、少しうつむきながらもおれの言葉を待ってくれているのだ。
早く言わなければ。
「……け、」
「!」
「…携帯、教えてくれねえかい。」
へ?
そんな気の抜けた声が彼女の口から出たと思う。
まあ…あんなタイミングで、あんな状況で、更にはあんな言葉が聞こえてくればそう思ってしまうのも無理はないのかもしれないが。
「…その、フィルが好きそうな店があって、もし嫌じゃねえならって思ったんだが、いや、手紙だと時間がかかるし、日取り決めんにもそっちの方が色々と楽だろうから…。」
…何とまあ流暢な日本語だろうか。
サッチに言われてから色々考えたが、今のおれにはこれが一番いい。
もちろん伝えようとも思った。
だがおれは文面上の彼女は知っているが、実際の彼女をほとんど知らない。
おれのこともあまり知ってもらえていないだろう。
そんな状態で伝えても戸惑うのは彼女だと思ったから、まずは今よりも距離を縮めてちゃんとした関係づくりから始めたいんだ。
伝えるのは、そのあとがいい。
「…マルコさん、」
知らず知らずのうちに彼女から視線をそらしてしまっていたらしく、気づけば灰色の地面を見ていた。
今言うような言葉ではなかったであろうし、おかしく思われたんじゃないか。
いくら彼女でも。
そう思って顔をあげたおれだったが、どうやら余計な心配だったようだ。
「わ、私も!私もマルコさんが好きそうなお店知ってるんです!そこ、珈琲専門店なんですけど、でも出してるケーキもすごくおいしくて、絶対マルコさん好きそうだって思ってて、」
普段よりも彼女は少し早口で。
ほんの少し声が大きくて。
だんだんと顔が赤くなっていて。
身ぶり手振りに精一杯さを感じてしまって。
「…あ、あの、私も、連絡先、教えてほしいです。」
ありがとう。
素直に、そう返した。
ーー
ー
「…ってえー!!」
帰りの車内。
まずは力一杯の声援を送ってくれたエースにこちらもそれなりのお返しをしてやった。
「ほ、本当すまねえ!でも抑えきれなかったんだって!」
「…反省は。」
「してる!すっげえしてる!!」
涙目になりつつ、もう喰らいたくないとばかりに頭を下げてくる。
まあこいつの性格からして決して悪気があったわけではないだろうからため息をつきながら「わかった」と一言だけ返してやると、ぱっと顔を明るくしてお礼を言われた。
すると、助手席に乗っていたハルタが体を反転させて。
「エースにはびっくりしちゃったけどさあ…でも、マルコもマルコだからね!?何なのあれ!」
「ガキの恋愛見せられてる気分だったな。」
エースと同じく違った形を想定していたであろうふたりは呆れた様子で不平不満を口にする。
確かにそう勘違いしてもおかしくなかったとは思うが、そもそもおれは告白しに行くなんて一言も言っていない。
前と横から聞こえてくる言葉を諦め半分で流していると。
「ひひっ、」
ひとり話を聞いているだけだったサッチが突然楽しそうに笑って。
「いいんじゃねーの?あれはあれで。」
こいつも色々思ったに違いないが、それでもおれが行動を起こしたことを素直に評価している…いや、喜んでいるようだった。
「ま、そうなんだけどね。」
「くくっ、珍しいモンも見れたしな。」
「帰ったらオヤジに報告しに行こうぜ!」
そこからの車内は初回の内容をどうするかという話ばかり。
決しておれから言い出したわけではないし、余計なお世話だと思ったが…
「やっぱりよろしくお願いしますからだろ!」
「それだと何か堅くない?もう約束取り付けたんだし予定合わせからでいいと思うけど。」
「けど相手はまだ松葉杖だろ。とれるまで待った方がよくねえか?」
「そりゃそうだな。…で、お前の意見は?」
無駄に真剣というか、予想外にも真面目というか。
ああでもないこうでもないと議論する姿に少し嬉しいと感じてしまったのは秘密にしておこうと思う。
「決まってんだろい、予定を合わせる。」
携帯の画面。
メールの宛先は、もちろん彼女。
(な、何で!?)
(そうだよ、急に積極的じゃん!)
(…焦ってて退院祝い渡すの忘れてたんだよい。)
((((あ、そうですか…。))))