「……で、そいつをおれとマルコで捕まえて事件解決ってわけ。」

今回の見舞いにはサッチもいる。
こいつはおれと彼女の関係性を知っていたし、彼女の怪我を少なからず心配していた。
先日会社で彼女のことを訊かれた際に「何ならお前も来るか」と言ったところ、心底驚いたような間抜け面をして「いいのか」と返してきやがった。
…おれだってそこまで余裕がねえわけじゃねえ。

「すごい…!で、でも怖くなかったんですか?」
「それなりに?相手は飛び道具持ってたしな。」
「?飛び…」

その言葉だけでは繋がらなかったらしい。
ええと、と考え始めた彼女にぽつりと解説してやると、かなり驚いた様子でおれを凝視する。
まあ…彼女がこういう話に縁があっても困るのだが。

「 ひひっ、まああんなやつ放置しとく方が危ねえし…接近しちまえばもう勝ち確定だから。」
「どうしてです?」
「ありゃ…マルコ、教えてねえの?」
「…別にいいだろい。」

彼女はサッチを、そのサッチはおれを見てくるからおれはそう返すと同時にふいと明後日の方向を向いてやった。
するとサッチは呆れたと言わんばかりの声を出し、けれど何を思ったかくつくつと笑う。

「こいつ、柔道すげえ強えの。おれなんか片手で投げ飛ばされたことあるぜ。」
「!う、うそ!?」

今の彼女は素が出ていた。
体格差からして想像できなかったのだろう、信じられないとでも言いたげにおれとサッチを交互に見る。
サッチといえば、彼女の反応が期待通りだったのか満足気だ。

「おれの体が浮くんだぜ?あん時ゃ本当びびったなあ。」
「想像できないです…。」
「だろ?フィルちゃんも気を付けろよ?会社でもさ、こいつだけはみんな絶対怒らせねえようにし…、!マルコ!フィルちゃん見てるから!」

口が過ぎるサッチに目で圧をかけてやれば、大袈裟なリアクションをとりつつ文字通り彼女を盾にしやがった。
いつもなら一発喰らわせているところなんだが…てめえ、次はねえと思いやがれ。

「余計なこと言おうとするからだろい。」
「だってよ、どうせお前のことだから自分のことあんま話してねえと思ったんだよ。」

こいつの言うことは当たっている。
話したくないということではない、ただおれは自分のことを話すのが得意じゃないだけで。
仲間内なら別なんだろうが…彼女が相手となると何を話せば良いかわからなくなる。
手紙は顔が見えないし考える時間があるからまだましだったんだ、けれど会ってしまえばこの様だ。
彼女はこの前おれを落ち着いた人だと言ったが、そういうふりをしているだけで実際はそんなことはない。
一回り以上も離れた彼女にどう接すれば正解なのか未だに悩んでいるのが現実である。
なのに、こいつときたら。
何の壁も感じさせないくらいにすぐ打ち解けたかと思えば、彼女を自分のペースに引き込みつつそれと同時に彼女からも話を引き出すなんてことを平然とやってのける。
…おれには到底真似できない。

「やっぱりな。フィルちゃんだって知りたいだろ?」

サッチが話をふると、彼女がこくこくとうなずいて。

「前も、その前もほとんど私が喋っちゃったんです。だからあの、マルコさん、嫌じゃなかったら...」

やられた。
彼女から見えない位置にいるサッチはおれのことを至極面白そうに見ている。
ああくそ、これじゃあ素直に感謝の言葉も言えそうにない。
おれが黙っていると、サッチが目で合図を送ってきた。
早く何か返してやれということだろう。

「自分のこと話すのは得意じゃねえんだよい。...まあ、努力はする。」
「…はいっ。」

明るい表情で返してくれた彼女と、その奥でもう少し気のきいた言い方はないのかとでも言いたげに眉を下げるサッチが映る。
だが、本気で呆れているわけではないとわかるのは長年の付き合いがあるからだ。

「ごめんなフィルちゃん、こういうやつなの。だから今日は代わりにおれが…だっ!?」
「フィル、自分より体格の良いやつを投げる場合は」
「そそそういや今日シュークリームつくってきてんだよ!病室戻ろうぜ!」

ーー


「…んで、どーすんだよ。」

帰りの車中。
運転していたサッチのそれは呟くようなものだった。
サッチには一度も言ってはいないが、誘った時の様子からしておれのことには気づいていたのだろうと思う。

「退院、近いんだろ?」

彼女の話によると快復は順調らしく、当初の予定よりも早い来週の退院になるとのことだった。
退院すれば全て元に戻る。
その前に動け。
おれよりもずっと行動派のこいつからすれば、今のおれは見ていて耐えられないのだろう。
…こういう時、お前が心底羨ましい。
何も答えず沈黙を貫くおれに呆れたのか、または嫌気がしたらしいサッチはわざとらしく大きめのため息をついた。
やっと黙ったか。
そう考えてどこか安堵している自分がいることに気がついた。
サッチの言葉はおれに決断を迫るものだから。

「フィルちゃん、かわいいコだったなー。」

突然何を言い出すかと思えば。
考えを悟らせないような飄々とした調子はこいつが得意とするところ。

「明るくて?よく笑ってて?んでもって優しくて?」
「……。」
「なのに彼氏いねえんだろ?勿体ねえなあ。」

独り言。
けれど静かな車内に響いてしまうそれは、今のおれに聞かせるためで。

「……、手ェ」
「サッチ」

自分から出た声の低さに驚いた。
やめてくれないか。
お前のそれは本心からじゃない、冗談なんだろう?
頭ではわかってはいる、だが冗談だとしてもそんなことは聞きたくない。
おれはお前には勝てないから。
彼女を他のやつにとられたくないんだ。
そうは思うのに決断できないのは、彼女との関係が崩れてしまうことを恐れて踏み出せないでいる弱いおれがいるせいだ。
重い感情が自身を占めそうになる中、突然隣から笑い声が聞こえてきた。
抑えようともしないそれにただただ驚いていると、ひとしきり笑ったそいつが。

「ごちゃごちゃ考えんなよ。そりゃお前の悪い癖だ。」

すまねえ。
そう一言だけ返せば、「その日、有給とっちまおうぜ」と楽しそうに笑うそいつがいた。

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