「わざわざお見舞いだなんて…きっと娘も喜びます。」

文通相手から届いた手紙の内容は、相手の入院を知らせるものだった。
何でも大学の階段で足を踏み外してそのまま転倒、脚と腰を負傷してしまったらしい。
笑い話のように書かれてはいたが、それを知ってからと言うものずっと気になっていたので休日を利用して見舞いに行こうと決めたのだ。
しかし見舞いに行くといっても入院している病院がわからないので、まずは手紙の住所を頼りに実家暮らしだという文通相手の家へ。
出てきた母親に事情を話して証拠として持ってきていた手紙を見せたところすぐに信じてくれ、病院の場所や今の状態などを丁寧に教えてくれた。

「そう言っていただけて嬉しいです、…では。」

そう言って礼をしたあと、車に乗り込んで病院を目指す。
…彼女との文通はかれこれ2年程続いていて、おれが彼女の落とし物を拾ったことがその始まりだった。
駅の構内に取り残された小さな鞄。
中には財布も入っていたらしく、届け出たときに一応ということで連絡先を記すことに。
それから数日が経った頃彼女からのお礼の手紙が届き、その返事をするとまた彼女からの手紙が届き…といった具合で始まったやりとりが現在も続いているというわけである。

「…言っておけばよかったな。」

文通相手と会うなんてこと、考えてもみなくて。
だからか、おれは彼女に自分の年齢を教えていなかったのだ。
年齢なんてどうでもいいとは思いはするものの、それでも気にしてしまうのは初めて顔合わせをする彼女に驚かれたりマイナスな印象を持たれたりしたくないという気持ちが少なからずあるからだと思う。
まあ彼女はおれのことを歳上だとわかってはいるが、それでもその予想の範囲外におれは分類されてしまうんだろうな。
駐車場に車を停めてドアを閉める。
病院を見上げると、彼女がこの建物のどこかにいるんだということを再度認識してしまう。

「3階、か…。」

すぐ視界に入ったエレベーターを使わずにわざわざ階段を探してしまったのは、やはりどこか構えてしまっているからか。
自分は見舞いに来る側で、それにひとまわりも下の相手なのだから普段通りに振る舞って正面から会えばいいとは思うのだが…会ったときの彼女の反応を気にしているからか、どうにもそれが出来そうにない。
会ったら、何と声をかけたらいいだろうか。
彼女はおれが文通相手だとは気づかないだろうし、まずは名乗る必要があるだろう。

(……、)

教えてもらっていた病室に着くと、プレートを見て確認する。
4つの欄の右上、窓際の位置。
そこに彼女の名前が書いてあった。
頭の中で彼女の名前を読み上げたあと、部屋に入り足を進める。
いた。
彼女だ。
ベッドの上で体を起こして何やら本を読んでいる。
少し茶色がかった髪。
今の体勢でも小柄だと感じる彼女に実年齢よりも若い…いや、幼い印象を受ける。
さらに近づくと、自分に近づく人の気配を感じ取った彼女が顔をあげた。
…ああ、やっぱり幼く見えるな。

「…  」

誰かもわからないおれを見た彼女が小さく声をこぼす。
聞き取れはしなかったが、特に意味はないだろう。
何度か瞬きを繰り返す彼女は見覚えのないおれに驚いている様にも思えるし、単に反応に困っているようにも見える。
ここはおれから喋り出すべきなんだろうな。
そう考えて開いたおれの口から声は出ない。
彼女が彼女であることを確認しようとしたのだが、それ以前に彼女のことを何と呼べばいいかで悩んでしまったのだ。
文通相手で、随分と年下であるといっても一応は初対面。
こうやって顔を合わせて話をするとなると、それなりに丁寧な呼び方をした方がいいのだろうか。
文通上でのいつもの呼び方でもいいのだろうが、実際に呼ぶとなると少し抵抗のようなものを感じてしまう。

「…あの、」

どうやら考えすぎていたらしい。
控えめながらもおれより先に声を発したのは彼女の方だった。
けれどその先が続かないのはやはりおれに心当たりがないからで、おれの出方を待っているのだろう。

「……フィル、かい?」

結局、自分にとってより馴染みのある呼び方にした。
なのに少し違和感を感じたのは、実際に呼ぶのが初めてだったからだと思う。

「そうです、けど…。」
「マルコだ。」

彼女の戸惑いを、おれはどう受け取ったらいいんだろう。

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