「歓迎祭でする曲?…もちろんフィルちゃんがやってるやつだけど?」
「そ、そうですよね。あはは…。」
「…イゾウのやつ、何も教えてねえのな。」
「教えてる時間がもったいないんですよ、きっと…。」
「それくらいは教えてもいいと思うけどなあ。…じゃ、次ここからな?」
「は、はい。」

よかったー…歌う曲ってこれだったんだ。
もし別の曲だったら、本当イゾウ先輩を恨んでるところだったよ。

「…お、いいじゃん。一昨日よりよくなってるし…もう一回いっとこうか。今の感じ、覚えとけよ?」
「おしいなー!そこ、あと少しだけ高かったら言うことなしだったなあ。」
「ほら、また肩で息しちゃってる。…腹で、な?」

イゾウ先輩の練習とは何が違うって…サッチ先輩はどうしようもなく下手くそな私を褒めてくれるってことだ。
あと、笑顔。
サッチ先輩は誰かさんみたいに終始鋭い目付きじゃないし、散々けなさないし、舌打ちもしないし、言い方も優しいし、嫌な顔ひとつしないでテンポを刻んでくれる。
…これ、イゾウ先輩に言ったら絶対だめだな。

「…うん、1週間前と比べたら格段によくなってるぜ?昨日も結構練習した?」
「そんなことないです!イゾウ先輩には下手になってるって散々言われてるし…。」
「あー、あいつはなあ…、うん…。」
「本番って…本当に私がボーカルなんですか?」
「よっぽどのことがない限りはそうだろうなあ。イゾウも意見変えねえだろうし。」
「…例えば私が下手すぎて任せられない…とかですか?」
「うーん、…入院とか?」

…ということは、下手でも歌うんですね。
でも…本当注意されてばっかりだし、まだ合わせもできる状態じゃないらしいのに順番は最後でトリでしょ?
やっぱり聴く側にとっても演奏してくれる先輩たちにとっても、私なんかより…

「…フィルちゃん、何か悩んでるんだったら教えて?」

…サッチ先輩、心配してくれてるんだ。
でも私が歌えるようにならないと先輩も迷惑だし、当然と言えば当然か…。

「…本当に、本当に私でいいんですか?声だけですよね?私の良いところって。…先輩たちにはずっと練習に付き合ってもらってるし、私だってがんばりたいですけど…。」
「…でも、やっぱり下手な私が歌うより、イゾウ先輩が歌った方が演奏する先輩たちや聴いてる人にとってもいいと思うんです。」

イゾウ先輩には恐ろしくて言えないけど、ずっと思ってた。

「先輩たちって、すごく上手じゃないですか。なのに私なんかがボーカルだなんて…。」

ずっと、ずっと悩んでた。
練習するたびに不安だったんだ。

「…フィルちゃんさ、自信ねえんだろ。」

自信なんてあるわけないじゃないですか。
だって、私は下手なんですよ。

「フィルちゃんの歌、何か足りねえなって思ってたんだ。やっぱりそうだったかあ。」

技術だって足りてません。

「技術とかはもちろん別な?…ちょっとだけでいいからさ、自分のこと褒めてあげなよ。」

褒めるところなんてないです。

「本当、上手くなってるぜ?みんな言ってる。…もちろんイゾウだってな。」

注意いっぱいされるし。

「あいつ、散々キツいこと言うけど本当は期待してるんだって。嘘じゃねえ。」

いつも部室でやらないし。

「あとさ、…あー、絶対言うなって釘刺されてんだけど…まあいいか。…何で部室で練習しねえか知ってる?フィルちゃんの歌声、他のバンドのやつらに聴かせたくねえからって理由なんだぜ?取られんのが嫌なんだよ。」

まだ合わせも出来ないって。

「周りで音が鳴ってたら、しっかり声聴いて練習できねえしな。今は、出来るだけフィルちゃん個人の練習に時間当てたいんだってさ。…部室でやってんのに毎回合わせねえ、ってなったらフィルちゃんも変に不安になるだろ?」

私なんかが、歌うより。

「入部前に一度歌ってもらったろ?…あの時、おれたち全員がフィルちゃんの歌に惚れたんだ。声はもちろんだけど…それ以外の何かにもな。だからさ、そんなに不安になら…うわっ!?な、何で泣くんだよ!」

うれしい、嬉しいんです。
ずっと不安だったんです。
私なんかが歌っていいのか、ってずっと不安だったんです。

「だって、っ、うれ、し…」
「ちょ、泣くほどか!?泣かれちゃ困るって!ここ、外だから!」
「すご、く、…ふあ、」
「ふ、不安だったんだよな!?わかった、わかったから泣くのだけはやめてくれ!」
「わたし、なんか、が、うた」
「歌っていいんだって!こっちが誘ったんだぜ!?だから泣くな!泣かしたってバレたらあいつらに何されるかわかんねえんだって!!」

ーー


「落ち着いた?」
「…は、い。」
「…フィルちゃん、ちょっとでも自信持てそう?」
「……がん、ばります。」
「ん。…練習の続き、する?」
「……さいしょ、から。」
「上等。」

私、やれるだけやってみます。
だから先輩、見ていてくださいね。

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