「…いたっ、い!」

昨日、帰ってお風呂に入ったらすぐ寝ちゃってた。
朝起きてみたら足は筋肉痛、階段がもう辛すぎる。

「譜面、それからCDと…。」

座る動作だって痛いけど、それは我慢して机に向かう。
休日だからゆっくりしたいんだけど、残念ながらそうもいかないのだ。
イゾウ先輩の言いつけに背いたりなんかした日には、私の未来はないと思う。

「あー、やっぱり書き直そ…。」

曲を練習するとき、注意されたこととかを譜面に書き込んでるんだ。
でも、あまりにも注意されることが多すぎるから私の譜面は真っ黒。
まとめ直さないと読めたもんじゃないし、来週分のスペースも空けとかないとね。
…鬼の先輩が厳しくなるって言ってたし。

「…原曲のボーカル、男の人だったんだ。…うわっ!私とは全く違う…。」

少しでも回数聴きたいから、譜面を復習しながら渡されたCDも流しておく。
それはもう下手くそな私なんかとは比べ物にならないくらい、原曲の人は上手い。
迫力があるし格好いいし、褒めるところなんていくつでも出てくる。
イゾウ先輩も歌にすごく、ものすごく色気があるというか…この人とはまた違った上手さがあった。
…はあ、こんなにすごいの聴いたら余計に自信なくなってきたよ…。

ーー


「は、速すぎ…!!」

お昼ご飯を挟んで。
まとめも終わっていざCD相手に練習を、と思ったら、曲の速さに全くついていけなかった。
いや、普通に歌う分にはいいんだけど…注意されたことを気にしながらやろうとしたらどうしても遅れちゃうし、部活での練習は速さを落としてやっていたのだ。

「ああ、サッチ先輩のあの機械がほしい…っ。」

名前は確かメト、ロ……。
そのメトロなんとかはテンポを刻んでくれて、しかも速さだって自由に変えられる素晴らしいアイテム。
サッチ先輩はそれを使って私の練習に付き合ってくれてたんだ。

「困ったな…、って…電話?」

えーっと、名前は…さっち。
……サッチ先輩!?
そういえば…バンドの先輩とは連絡先交換したんだった!

「も、もしもし!フィルです!」
「おっ、急にごめんな。…もしかして今練習してた?」
「えっ、何で…!」
「音、聞こえてる。」

ぎゃっ、ボリューム大きくしすぎてたんだ!
取りあえず停止…っ!

「…す、すいません。」
「別にいいって。…あのさ、フィルちゃん大丈夫?」
「?」
「昨日、すげえ落ち込んでたみたいだったから気になっててさ。それで大丈夫かなー、って。」

サッチ先輩…っ!
私なんかのためにわざわざ電話なんて…あなたって人は本当、優しさで出来てますよね!!

「わざわざすいません…。昨日はあまりの自分の下手さに、ちょっと…。」
「そんなことねえって。…なあ、明日予定ある?」

よてい、…あります、すっごく大事な予定あります。
なんたって私の未来がかかってますから。

「…イゾウ先輩に出された宿題をします。」
「ははっ、そりゃあ大変そうだな。…その宿題、おれも手伝っていい?」

て、手伝ってくれるんですか!?
うわ!それすごく嬉し…いや、まてまて。
先輩は練習日でもないのに毎日私の練習に付き合ってくれたんだぞ?
多分来週だってそうだろうし、先輩自身の練習だってきっとあるよね。
私の低レベルな練習にこれ以上付き合ってもらうのは…うん悪い、だめだ。

「…そんなの悪いですよ、だから」
「悪いってことは、本当は手伝ってほしいってことだろ?じゃあ決まりだな。」

う、うわっ!サッチ先輩男前だ!

「…すいません、ありがとうございます。」
「いいってんだよ。練習してさ、月曜にイゾウをびっくりさせてやろうぜ?」

サッチ先輩にそう言われたら、少しだけやる気が出たんだ。

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