「…よし。今日はこれくらいにして、続きは明日やるぞ。」
「フィルちゃん、お疲れさま。」
「は、はい…、ありがとうございました。」
「イゾウ、明日金曜だぞ?練習日じゃねーじゃん。」

…エース先輩、残念ですがこの人の中では毎日が練習日なんですよ。
というか今日は練習日で先輩たちも集まってるけど、何で私の練習見てるだけなんだ…。
あ、私が下手すぎるから結局合わせが出来ないのか。
…ああ、わかってたけど自分で言ったらへこんできた…。

「バカ野郎。いくらフィルの声がよくても、それだけじゃ駄目だろうが。土日も使いてえくらいだってのに…。」
「イゾウ、さすがに休日はやめてやれよい。」

さすがマルコ先輩、常識人。
休日まで練習されたらそれってもう休日じゃないですし、そもそも体力なしの私じゃ体がもたないと思います。

「わかってる、そりゃあ最終手段だ。」

さすがイゾウ先輩、安定の鬼っぷり。
最終手段、ってことはいつかするかもしれないんですね、わかりました。

「ぼく、早くフィルと合わせたいな。すっごく練習してるんでしょ?楽しみだなー。」

ハルタ先輩、やっぱりかわいいなあ…。
両手で頬杖ついてそんなに微笑まれたら、誰だって癒されちゃいますよ。

「ハルタ、合わせるなんて当分先だぞ。フィルがもっと気合い入れてやらねえと、お前らとの差が開くばっかりなんだよ。」

み、皆さんごめんなさい…。
やっぱりそうだよね、私が上手くならないと後ろで演奏してくれてる先輩たちが逆に浮いちゃうことになるんだ。
…もっと気合い入れて、かあ。
私にしてはすごくがんばってる方なんだけど…。

「フィルちゃん、元気だせよ。イゾウはああ言ってるけど、裏ではフィルちゃんにすっげえ期た…ごふっ!?」
「黙りな。それとサッチ、お前は甘やかしすぎだ。」
「ちょ、腰、が…っ。」

よ、容赦ない見事な蹴りだ…。
…はあ、私が完全に足を引っ張ってるんだよね。
イゾウ先輩も言ってたけど、一向に上手くならないらしいし…本当、私なんかがこのバンドのボーカルでいいのかなあ。

「…お前たち、ひとついいか?」
「何だよい、ジョズ。」
「歓迎祭はどうする?そろそろ本決定をしないといけないんだが…。」

かんげいさい…歓迎祭?
あれ、何か聞いたことあったような…。

「…あの、歓迎祭って…?」
「あれ?フィル、ホームルームとかで聞いてないの?」
「新入生に歓迎の意味を込めて、いろんな部活がパフォーマンスやるんだ!すげえ楽しいぜ!」
「ちなみに、軽音楽部の出番は最後なんだ。なんたって一番盛り上がるからな。」
「レベルの高いバンドも多いからねい。その日は授業もねえし、上級生からも人気のある行事なんだよい。」

そ、そういえば担任の先生がそんなのがあるって言ってたかも。
眠くて聞いてなかった…。

「ジョズ、仮決定は何て出してた?」
「ギターはエース、ベースはマルコ、キーボードはハルタ、ドラムはサッチ、ボーカルは…イゾウ、お前だ。曲はいつもので出している。」

い、いつものって何だ?
さっぱりわからないけど…ボーカルはイゾウ先輩みたいだから、私は知らなくてもいい話だ。
私はまだ先輩たちと1回も合わせたことないし、それ以前の問題だもんね。
…歓迎祭、他のバンドの演奏とか聴いたら勉強になるかなあ。

「ねえ、演奏する順番は決まったの?」
「いや、まだだ。本決定で取り止めてくるところもあるからな。…まあ、おれたちのバンドならある程度は融通もきくぞ。」

さすがジョズ先輩、軽音楽部の部長も務めてるから決定権もあるんだ。
それに先輩たちの演奏すごく上手だったし、それもあるから融通なんてきかせてもらえるんだろうな。

「問題ないならこのまま通しておくが…イゾウ、何かあるか?」
「…ジョズ、おれたちの順番を最後に出来るか?」
「ああ、このバンドの実力なら問題ないだろう。」
「なら頼む。それから…」

…イゾウ先輩?
な、何でこっち見るんですか、嫌な予感しかしませ…

「ボーカルはフィルだ。あとはそのままでいい。」

は、はいいっ!?
よくないよ!だめ、だめに決まってるじゃん!!
というかイゾウ先輩も私のこと相当下手って散々言ってませんでしたか!?

「おお、初ステージか!フィル、やったな!」
「しかもトリでしょ?すっごく目立つよ!」
「面白そうだねい。なあ、サッチ。」
「まあ、そうだけどよ…フィルちゃん、大丈夫か?」

サッチ先輩…いくら先輩の甘いものと笑顔があっても、こればっかりはがんばれる気がしませんよ。
だって私初心者で相当下手らしくてまだ合わせも出来ない状態らしいし…それでステージに乗るとかうん、ありえませんって。
こんな私なんかに歌わせるより、イゾウ先輩がボーカルをした方が断然いいに決まってますよ!

「…無理で」
「却下だ。立つステージが決まりゃあ、嫌でもやる気が出るだろう?」

…は、はめられた。
というか私の意思は無視ですか、そうですよね。
もうこうなったらイゾウ先輩は意見絶対変えないんだろうなあ。
…はあ、本当どうなるんだろ…。

「…ち、ちなみに歓迎祭っていつなんですか?」
「5月の頭だ。あと2週間と…5日か。」
「結構キツいな…。フィルちゃん、また明日から練習がんば…おい!フィルちゃん!?」

私、ショックすぎて倒れたのって初めてだ。

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