(とうとうやってしまった…)

こんなに迎えたくない朝が過去にあっただろうか。
部内で発表する日の朝よりも、ゲリラライブ当日の朝よりももっと憂鬱で暗くて、ため息しかでない朝。
鬼のような先輩がいるのに、ちょっとホームルームが長くなって部活に行くのがいつもより遅くなったくらいでその日の練習量を普段の五割増しにしてくる悪魔みたいな先輩がいるのに、私はとうとう部活を無断欠席してしまったのだ。

「ああ、やっぱり電話かかってきてる…」

着信履歴が恐ろしいことになっている。
部活の先輩から最低でもひとり一回ずつ、合計すると20件以上の履歴がずらり。
そりゃそうだよ、何だかんだ言って私ちゃんと部活行ってたし、何なら奴隷のごとく従ってたし…無断で休むはずないと思われていても仕方がない。
でも昨日はそんな状態じゃなかったんですよ…精神的にもぼろぼろだったし、制服も濡れてたし、顔もひどいことになってただろうし、何よりサッチ先輩の顔を見れないって思っちゃったんだから休むしかなかったんだよ…。

「学校行きたくない…」

布団の中から出たくない。
自分の体を守るようにすっぽりと布団を被った私からは情けない声が出た。

「フィルー?」

お母さんの声が聞こえて、そのあとに部屋のドアが開いた。
いつも私が寝坊して遅刻しそうだったら起こしに来てくれるんだ。

「起きてたの?遅刻するよ?」
「行きたくない…」

布団に潜ったまま、嫌だと頭を横に振る。
お母さんからどう見えているかはわからないけど、こんなことは初めてだから不思議に思っていそうだ。

「風邪ひいたの?」
「…行きたくない…」

風邪は引いてないけど、体調は悪くないけど、でも行きたくない。
教室にはいられるけど、授業は受けられるけど、それ以外が嫌だ。
先輩たちに見つかりたくない、今の私を見られたくない。
先輩たちはどうしてるんだろう…心配してくれてるかもしれないけど、もしかしたら私にがっかりしたかもしれない。
お母さんはしばらく何も返さなかったけど、私の背中辺りをぽんぽんと叩いてこう言った。

「今日休んだら月曜日から学校行ける?」

今日休んだら、次の登校日は土日を挟んだ月曜日。
時間が開く分部活には行きづらくなるかもしれないけど…でも精神的には今よりもずっとましになると思いたい。

「……行く。」
「じゃあ学校に連絡しとくね。風邪って言っとくから。」
「…うん。」
「今日の晩ご飯はフィルが好きなものにしよっか。お昼に買い物行くから何食べたいか考えといてね。」

(ありがとう、月曜はちゃんと学校に行くから)

お母さんは理由を深く聞かないまま部屋を出ていってくれて、そんなお母さんが大好きだと思った。
…そうだ、友だちだけには休むって連絡しておこう。
- ナノ -