いつもと変わらない朝、変わってくれない出来事。
憂鬱な気持ちのまま教室に入って黒板を見ると、日直の日だったことに気がついた。
職員室に日誌を取りに行かないと。
荷物を置いて職員室へ向かっていると、見つかってはいけない人に見つかってしまった。

「フィルちゃーん」

笑って手を振るサッチ先輩に、そのとなりにはジョズ先輩の姿も。
本当はちゃんと挨拶したいのに、今は周りが気になってぎこちない会釈しか返すことが出来ない。

「おはよ。日直?」
「は、はい…それじゃあ」
「あ、待って。おれらもそうなの。途中まで一緒に行こ。」

そう言ってくれることが嬉しいのに、喜べない。
周りが気になって仕方がない。
大好きな先輩と一緒にいるはずなのに、居心地が悪くて今すぐにでも逃げ出したい。

「どうかしたのか。」
「い、いえ…」
「フィルちゃん最近元気ねえよな?何かあった?」

先輩たちが心配してくれる。
ふたりとも声がすごく優しくて、それが今の私にはとても苦しかった。
目を合わせちゃだめだ、余計につらくなる。

「何もないです、大丈夫ですから、」
「悩みがあるなら聞くぞ。」
「そうそう。誰かに話すだけでも楽になることってあるし、おれらに出来ることあったら何でもするからさ。」

先輩たちが優しくて、つい本当のことを言ってしまいそうになる。
でも言ってしまったらどうなるかわからない。
もしかしたら先輩たちは守ってくれるかもしれないけど、そうなったら今度はもっとひどいことをされるかもしれない。
…早く離れなきゃ、これ以上先輩たちの声を聞いていたら泣いてしまいそうになるから。

「ありがとうございます。でも本当に何でもないですから。あの、教室に忘れ物したので戻ります。」
「え?ちょっとフィルちゃん、」

私は頭を一度下げて走りだし、戸惑うサッチ先輩の声を背中で聞いた。

ーー


(部活…行きたくないな…)

足取りがすごく重い。
サッチ先輩とジョズ先輩は朝のことを他の先輩にも話したのかな。
こんな気持ちで今日の部活をがんばれる気がしない。
イゾウ先輩は今日の今日まで私のことを見てきているし、こんな調子じゃいい加減問い詰められるかもしれない。
気分が晴れることもなく、行きづらさからトイレへ逃げる。
憂鬱な気持ちで手を洗っていると、数人の生徒が入ってきた。
その姿を見た私は、心臓がぎゅっと潰されたような感覚になった。

「まだ辞めてねえのかよ。」
「朝見たよ。センパイと仲良さそうに喋っちゃってさ。」
「勘違いしてんの?下手くそのくせに。」

見られてた、朝のこと。
あのとき強引にでも別れていればよかったんだ。
嫌な焦りでいっぱいになる中、ひとりの先輩が私に近寄って腕をつかんできた。

「!な、何するん…痛っ!」
「じっとしてろ。」
「どこ?えーっと……あ、あったよ、ほら。」

そのまま壁に押し付けられている間に、残りの先輩たちは勝手に私の鞄を開けて中を漁り始めた。
そのうち何かを見つけたようで、それを受け取ったリーダーの先輩が私を見ながら嘲笑う。

「これ、もらってあげる。」

私に見せつけられたのは、ヨーキさんにもらった大事なストラップ。
サッチ先輩とお揃いの、私にとってすごく大切なもの。

「や、やめて!返してくださ、っ!」

今までされた行為に何か言ったことはなかったけどこのときだけは別で、必死に声を出していた。
取り返そうと手を伸ばすも、力任せに引っ張られたせいでそのまま体を床に打ち付けてしまう。

「あんたが部活辞めたら考えてあげる。」

先輩たちは起き上がろうとする私を笑いながら、その場から出ていく。
悔しくて、情けなくて、腹が立って、ぐちゃぐちゃになった感情が涙になって溢れる。
私はその日の部活を初めて無断で休んだ。
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