(…やっぱり。)
ここ最近続いていること。
朝登校して靴を履き替えようとすると、上履きの中にごみが入っていたり針が刺さっていたりする。
それを取り除いていると、どこからかくすくすと笑う声が聞こえてくるのだ。
手紙が入っているときもあって、内容は…読んでいて気分が良いものじゃない。
一方、下校するときはそんなことが一回もなく、きっとバンドの先輩たちが一緒にいるからしてこないんだと思う。
(いつまで続くのかな…)
今日は手紙の日だ。
メモ用紙がたくさん入っていて、その全部に『辞めろ下手くそ』と書かれている。
近くにゴミ箱がないので鞄に押し込み、そのまま教室に向かう。
「フィル、おはよ。」
「おはよう。」
「…今日もだったの?」
「……」
黙って席に座ると、苦い顔を返された。
友だちは私がこの件について唯一相談した相手だ。
「いい加減先輩に相談しなって。その方がいいよ。」
「でも言うなって言われてるし、言ったのがバレて今よりもっとひどくなったら嫌だし…先輩たちには知られたくないから…」
「先生には?」
「先生にも言うなって言われてる。やっぱりひどくなったら嫌だし…」
「……今日は?」
鞄からメモ用紙を取り出すと、友だちの眉間にどんどん皺が寄っていって。
急に立ち上がったと思ったら、メモ用紙をわし掴んでそのままゴミ箱に投げ捨ててくれた。
「陰湿だし…あーもう腹立つなあ!」
「…ありがとう。」
「何で?何もできないのに…」
「ううん、味方でいてくれるから嬉しい。私ひとりだったらきっと今ごろだめになってる。」
ーー
ー
部活には行っている。
行けば嫌がらせが続くこともわかっている。
でも辞めたくないんだ。
先輩たちのことが好きだし、歌うことも好きだし、私は下手だけど…やれるところまでやってみようって思ったから、中途半端に終わらせたくないんだ。
「ふぁーあ、眠いなあ。」
「お前さっきの授業寝てただろい。」
「それね。でも眠いのは同意…ふぁ、」
「フィルちゃんも眠いの?何かぼんやりしてる。」
もやもやとした気持ちを引きずる毎日。
サッチ先輩に話をふられ、はっとしながらも言葉を探す。
「そ、そうですね…ところで先輩、次のイベントっていつなんですか?」
「次か。次は…何だ?」
「もう一学期は何もないし…二学期?」
「学園祭かよい。体育祭は何もしねえし。」
「その次がクリスマスに部内でやるやつかな?」
先輩たちはわいわいと楽しそうに話をしている。
三年間ずっと一緒にやってきたわけだし、思い出もたくさんあるに違いない。
「フィル!学園祭はいいぞ!一番でかいイベントだからな!」
「保護者とか、外部からも人が来るしね。観客も多いよ。」
「人気投票みたいなこともやるんだよい。去年はおれたちが獲って、その次が超新星だった。」
「いやー、あの瞬間は最高だったなあ。そのあとの打ち上げもすげえ騒いだし。フィルちゃんどう?楽しみになってきた?」
…はあ、あの人たちは私が部活に行ってるところ、どこかで見てるのかな。
部活の先輩のことは好きだし、ボーカルとして歌うことも好きになれたし、もっと上手くなりたいなって思えるようになったのに…
「「「…フィル?」」」
「ど、どしたのフィルちゃん、やっぱり調子悪い?」
「!い、いえ、すみません。悪くないです、全然、」
話題を変えられたことに安心して先輩たちの話を聞いてなかった…!
私が誤魔化しているとちょうどイゾウ先輩とジョズ先輩が入ってきて、自然とその話は打ち切られた。
それは良かったんだけど…。
「おい、なめてんのか。」
明らかにイゾウ先輩の機嫌が悪い。
いつものことだけど、毎日それを受けてきた私には普段とちょっと違うことがわかるんだ。
苛立ち方が、何に苛立っているかが。
「声が小せえ。呼吸が浅い。集中してねえ。やる気あんのか?」
「すみません…」
「…イゾウ、もうちょっと言い方優しく…」
「外野は黙れ。で、どうなんだ。」
イゾウ先輩の言う通り、最近の私は目に見えてだめなんだろう。
今まではがむしゃらにやっていたというか…練習がつらくてもがんばることができたのに、今は気持ちが追い付かない。
乗り越えるための元気が出なくて、どんどん沈んでしまっているような感覚。
考えないようにしなきゃいけないのに、集中しなきゃいけないのに、そうしたいのにそれが出来ない。
でも…その理由を先輩たちには言えないし…。
「…すみません。やります、上手くなりたいです…。」
「…次同じことやりやがったら帰らせるからな。」