「…いいんですか?」
「何がだ。」
「だ、だって私の個人練習一週間しかしてないじゃないですか。それでもう合わせてるなんてありえないとしか…」
「あ?何か文句あんのか?」
「!な、ないです!」

またギリギリまで個人練習をするのかと思っていたらそんなことはなくて一昨日からは部室で合わせをしているからもう違和感しかない。
今日も変わらない眼光で私をぎろりと睨み付けたイゾウ先輩を隣のジョズ先輩がいつも通りたしなめてくれる。
…それで優しくなったことは一度もないけれど。

「フィル、ゲリラは楽しむのが一番だぞ!難しいこと考えんなって!」
「そうそう。それに日もないし早く合わせてた方が曲に入りやすいでしょ?」
「それはそうですけど…」

不安要素がありすぎてついため息が出そうになる私をよそに、先輩たちは何の心配もなさそうに笑う。
いや、私も雰囲気つかみやすいし先輩たちと合わせるの楽しいからいいんですけど…だってまだ全然個人練習できてないしすごく上手い先輩たちの中に混ざるわけですからやっぱり私だけ下手なのはちょっと…。

「上手い下手気にしてフィルちゃんが楽しめなかったら聴いてる方も楽しくならねえぜ?まあおれは今でも十分上手いと思うけど。」
「え」
「でも楽しくしてた方がもっと上手く聴こえるかなーって。な?」

サッチ先輩は今日もいつもの笑顔で私を褒めてくれて、やる気にさせてくれて。
それに加えて最近はどきどきもさせてくるから…私に及ぼす影響力はサッチ先輩が一番だと思う。

「思いっきりやりゃいいんだよい。それと出だしはおれの音聴いてた方が入りやすいから次はそうしてみな。」
「は、はい。わかりました。」

マルコ先輩はくつくつと笑いながら私に視線を送ってきて。
歌のことなのかそれともさっきのことなのかはわからないけど、何だか恥ずかしくなって少し大きめにうなずいた。

ーー


「明日は後半部分見ていくとして…今日はここまでだ。」

…はあ、終わった。
今日は時間過ぎるの早かったなあ。
そう思って時計を見ると下校まであと三十分残っていて思わず二度見をしてしまった。
な…何で?先輩間違えてるの?

「どうした。」
「…ま、まだ下校まで時間ありますけど。」
「そうだな。」
「何かするんですか?」
「ここから仕切んのはおれじゃねえ。」

何だか疲れたようにため息をついたイゾウ先輩がくいと視線でとある方向を指す。
私…じゃないから後ろ?
それに気がついたところで後ろから大きな声が聞こえてきた。

「はい集合ー!!」
「今から『ゲリラ告知!放送室乗っとり大作戦!』について話すからな!」

な、何か始まった…!?
急な先輩たちのテンションに唖然としていると早く集まれと急かされて。
ハルタ先輩とエース先輩を正面にして、残りのみんなでぐるりと半円をつくって座る。

「もう放送部の部長には話通してあるから今回も遠慮しなくていいよ。好き勝手していいって言ってくれたし。」
「火曜は昼休みになったら全員放送室集合だからな。すぐ来いよ!」

そういえば告知するって言ってましたね。
私の意思に反して事がどんどん進むのはもうしょうがないものとして割り切った方がいいんだろうか…。

「昼は持ってきたらいい。どうせ放送室でそのまま食べるだろうからな。」

ジョズ先輩がそっと教えてくれるので戸惑いつつもお礼を言う。
私以外の先輩はもう慣れていることなのか軽い返事をして気楽に聞いている様子。

「では!告知の役割分担をしまーす!」
「大事な出だしはジョズに頼むぞ!何たって部長だからな!それにお前が喋るとみんな聞くんだよ。」
「わかった。」

そういえば歓迎際のリハーサルも部内で見せ合ったときもジョズ先輩が喋るとみんな静かにしてたなあ。
これがジョズ先輩効果か…でも残念ながらあの人には効かないんだよね。

「次は入りだね。これはぼくとエースがするよ。白ひげだってことしっかりアピールするからね。」
「任せとけよ!」

ハルタ先輩とエース先輩か…ふたりが揃ったら何でも上手く喋りそうだしちょっと楽しみだな。
どんなこと喋るんだろう?

「おれたちの次はゲリラの日時喋ってもらうぞ。マルコ、いけるか?」
「何でもいいよい。」

マルコ先輩適当すぎやしませんか…。
まあ先輩はいつもそうだし別にいいんですけどもう少しやる気を…いやでも演奏の時は別人みたいな雰囲気出すんだよなあ…。

「その次が場所だよ。サッチよろしくー。」
「りょーかい。」

サッチ先輩のあの余裕ですな感じはどこから出てくるんだろう。
何でも任せろみたいな…マルコ先輩と似てるけどちょっと違う。
やっぱり見えないところで練習たくさんしてるから?…私ももっとがんばらないとだめなのかな。

「最後は曲についてだな。」
「もちろんこれはイゾウね。どこまで言うかは任せるよ。」
「ああ。」

…イゾウ先輩もちゃんと喋るんだ、ちょっと意外。
こういうことは参加しなさそうだし「おれはやらねえぞ」とかって言うと思ってた。

「で、締めがフィルね。」
「え!?」
「カンペなしの完全アドリブだからな!全員テンション上がるようなやつ頼むぜ!」

ア ド リ ブ !?
ちょ…それだめなやつですって!絶対!一番だめなやつ!
というか私も喋るの!?

「あああの、私も喋るんですか」
「当たり前だろ。フィルもメンバーのひとりなんだから。」
「いやいやいやそれに締めとか」
「その場のノリで一言喋ってくれればそれでいいから。頼んだよボーカルさん。」

これ終わったな…。
呆然とする私の肩をジョズ先輩が慰めるようにそっと叩いてくれたのだった。
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