「あ、そうだ。今ボーカル誰がやる?」
「ぼくイヤだよ。弾きたい気分だもん。」
「はい!おれ、おれがや」
「エース、お前は高音が出ねえだろい。…イゾウ。」
「…仕方ねえな、今だけだぞ。ジョズ、」
「わかっている、…ほら。」
「っと、さすがだねえ。…歌うときは髪を結ってねえとどうしても、な。」
全員持ち場に着いたみたい。
…私、生演奏聴くのって初めてだなあ。
聴く側なのに、何だか緊張してきちゃったよ…!
「これ、おれらのバンドで一番人気のやつな。…じゃ、いくぜ?」
最初に出会った先輩がドラム担当のようだ。
先輩がスティックで合図をすると、私の目の前で演奏が始まった。
(なに、これ…っ!!)
心臓に響く音。
びりびり震えるまわりの空気。
真剣に、でもすごく楽しそうに演奏する先輩たちの姿。
視覚も聴覚も全部、全部奪われていく。
同時に体の奥から沸き上がってくる何か。
出来ることならずっと、ずっとこの感覚に浸っていたいと思ってしまうほどにそれは刺激的で、でも心地よくて。
ーー
ー
「…、どうだった?」
曲が終わると、最初に出会った先輩が持ち場を離れて私に近づいてきた。
額にはうっすらと汗がにじんでる。
「す、すごかったです!私、生演奏聴くのって初めてで何て言ったらいいかわからないんですけど…でも、本当すごかったです!」
思わず立ち上がっていた。
興奮してうまく伝えられないけど、近づいてきた他の先輩たちは私の言葉に満足そうに笑ってくれて。
「そっか、よかったー!」
「ああ、満足してくれたみたいで何よりだねい。」
「格好よかったでしょ?」
私はお詫びされた側だけど…先輩たちが嬉しそうにするのを見てたら私まで嬉しい気持ちになるなあ。
そこでふと顔をあげると、最初に出会った先輩はじっと私を見つめてる。
「…あの」
「声、きれいだな。」
「えっ?こ、声?」
な、何で今?
そう思ってたら、まわりにいた先輩たちも加わってきて。
「ほんとだ、キレーな声だね。」
「澄んでいるな。」
「なあ、何か喋ってみてくれよ!」
「無茶振りだねい。」
ちょ、ちょっと待ってください!
そんな一度に言われても私わかりませ…
「ボーカル、やってみねえかい?」
声がした方を見ると、さっきボーカルをしていた髪が長くてきれいな顔立ちの先輩。
「ちょうどボーカルを探してたんだ。どうだい?」
「イゾウ、それ賛成!まだ入る部活決めてなかったよな?」
「うん、いいと思う!」
「まずは入部テストだな。…お前ら、バックで弾いてやれ。」
「え!?あ、あの!!」
じゃあやるか、楽しみだなー。
そんなことを言いつつ再度持ち場に着き始める先輩たち。
私は完全においてけぼりだ。
「あっちで歌うんだ、早く行きな。」
「!あの、わたしっ、」
「荷物はここに置いとけばいい。…本気で歌えよ?」
お、脅しだ!目がもう本気だよ!
逆らえるわけない私がほぼ強制的に立ち位置に着くと、先輩たちが演奏を始める。
…ああ、このイントロ知ってます、すごく好きな曲だから歌詞も全部覚えたんですよ。
ええい、こうなったらお望みどおり歌ってやる…っ!
ーー
ー
「…あ、あの。それで、ご感想は…」
「すごかったぜ!?おれ、弾きながら聴き惚れてた!」
「歌うとまた声の雰囲気が変わるね、すごくよかったよ!」
「ああ、なかなか合ってたよい。」
「リズム感も悪くないな。」
「やったな。ここまでこいつらが褒めることって珍しいんだぜ?まあ、本当よかったけどな。」
(そ、そうなの?でも、緊張しすぎて最中のこと何にも覚えてないや…。)
私が歌い終わると、後ろで演奏していた先輩たちから称賛の嵐。
いや、褒められるのは素直に嬉しいんですけど、入部っていうのはちょっと…
「名前は?」
声に振り向くと、最初にボーカルをしていた確か…イゾウ先輩。
「え?…フィル、ですけど…。」
「フィル、だな。…ほらよ。」
「!!」
渡された紙は、さっきまで空欄だったはずの入部届けだった。