テスト期間も今日で終わり。
マルコ先輩のおかげで課題の数学もなかなかいい感じだったし、本来なら「はあー、やっと終わったよ
」なんて言いつつ気を抜きまくってるんだろうけど…

「ごめんな、付き合ってもらっちゃって。」
「い、いえ!大丈夫です!」
「フィルちゃんってそういう店とか…」
「これまで行ったことないんで初めてです、」
「そっか、きっと楽しいと思うぜ。…じゃあ行こっか。」
「!はいっ、」

…どうしようこれ!!
ちょっと待ってよ!サッチ先輩とふたりきりで買い物だよ!?
優しくて格好良くて笑顔が似合っててドラムも上手くて料理上手で気さくで男子からも女子からも人気なあのサッチ先輩とだよ!?
気なんか抜けるどころか逆に緊張しまくってますから!

「そういやテストどうだった?」
「!聞いてください、数学いい感じだったんです!」
「お、良かったじゃん。」
「もちろん他の教科もベストを尽くしましたよ!」
「お疲れさん。まあ欠点とったらフィルちゃん地獄行きだからな。」
「そ、そうですね…。」
「ひひっ。けど勉強がんばってたしな、フィルちゃんならきっと大丈夫だって。」
「あ、ありがとうございます!」

先輩、今日の笑顔は一段と眩しいです…!
テスト勉強で疲れきった心が先輩の笑顔で癒されてくよ。
ここ数日間は先輩に会えなかったけど明日からまた部活始まるしね、楽しみっ!

「あの店な。」
「あれ?結構近いんですね。」
「そ。学校から近いしみんなよく利用するんだ。」

思っていたよりも目的のお店は近くて、学校から10分も歩かないところにあった。
私はこういうお店は通りすぎるときにちらっと見るくらいだし…何だかわくわくしてきたなあ。

「ヨーキのおっちゃん、来たぜー。」
「おお、サッチじゃねえか!」

奥からばたばたと出てきた店長らしき人物。
ちょっと変わった形の帽子に…右目の下には鍵?みたいな刺青があって、顎にも似たような形の髭がある。

「今日はどうした?」
「スティック買いに来た。折れちまってさ。」
「そーかそーか、じっくり選んでけ!」

な、何か底抜けに明るい人だな…。
私はもっと渋いおじさんとか、サングラスかけてるクールで若い男の人とかを想像しちゃってたよ。

「お嬢ちゃんは初めて見るな…1年か。おれはヨーキ!ここ『ルンバー』の店長だ、よろしくな!」

やっぱり店長さんだったんだ。
ヨーキさん、かあ…うちの学校の生徒もよく来るって言ってたし、きっと他の先輩たちもこの人とは知り合いなんだろうなあ。

「初めまして、フィルです。」
「おっちゃん、この子おれらのボーカルなんだぜ。」
「白ひげのか!?ぬはは!お嬢ちゃんもなかなかやるじゃねえか!」
「ど、どうも…。」

す、素直に喜べない…。
ヨーキさん、それは私がすっごく上手くてイゾウ先輩にもたくさん褒められるようなボーカルだったらの話で、現実はその真逆なんですよ。
いや、そうなれたら一番いいんでしょうけど…。

「フィルちゃん、選んでくるからちょっと待っててくれる?」
「はいっ。あの、ゆっくりで大丈夫ですから、」
「ありがと。」

先輩、今の笑顔もすごく良かっ…な、何あれ!?棚の中スティックでいっぱいじゃんか!しかも棚ひとつじゃないし!
あ、あの中から好きなの選ぶのか…。
そもそも違いなんてあるのか?私には全部一緒に見えるんだけどなあ。
……サッチ先輩、何だか楽しそう。

(それにしてもすごいな…。)

きょろりと辺りを見渡すと、普段なら見ることのない異様な景色にただただびっくりする。
何十本と並べられているギターやベース、ドラムにキーボード、それに教本っぽいものからアクセサリーなどなど…とにかくたくさんのものが置いてある。

「何だ、お嬢ちゃんはこういう所は初めてか?」
「、はい。」
「そうか。…時にお嬢ちゃん、音楽は好きか?」

へ?音楽?
な、何かすごくざっくりしたこと訊くんだなあ…。
まあ普通に聴くのも歌うのも好きだし…バンドだって上手くはならないけど辞めたいとは思わないし、それに先輩たちもいるし楽しいよね。

「好きです、けど…」
「そうか!」

私の答えを聞くなり今日一番の笑顔になるヨーキさん。
見るからに上機嫌だ。

「音楽はいいぞ!何つうか、こう…楽しくなるよな!」
「えっ?は、はい、」
「だろ!?音楽ってのはすげえ力があるんだぜ?まあ昔の話になるんだが、おれが音楽仲間と水族館に行った時…」

な、何か昔話始まっちゃった…!
急に熱く語り出したヨーキさんは私のことは見えていないんじゃないかと思うくらい自分の世界に入っている様子。
でもその表情はすごく楽しそうで、その出来事がヨーキさんにとってとても思い出深いことなんだってことはすぐにわかった。
…えーっと?『ふたご岬水族館』って…結構有名な所じゃなかったっけ?
確かそこにいる何かがすごく人気で…ってそうそう!クジラ!大きすぎて水槽に入らないから敷地内に面した海を使ってるとかテレビで言ってたよね!
あれ?でも子クジラはいなかったような…

「まーた始まってんな。」
「サッチ先輩!」
「おっちゃん、こうなると長えの。けどすげえ楽しそうだろ?だからつい聞いちまうんだよなあ。」

サッチ先輩はそう言いながら苦笑いをしたけど、ヨーキさんに視線を戻してからはすごく優しい顔をしてた。
…きっと先輩は音楽もヨーキさんも、ヨーキさんの話も大好きなんだろうなあ。

「…そしたらだ!なんとその子クジラが…ぬおっ!?サッチ、もう決まったのか?」
「ひひっ、これにする。」
「よし、ちょっと待ってろ。…お嬢ちゃん、続きはまた次来たときにしてやるからな!」

ヨーキさんがその場を離れた後、顔を見合わせた先輩と私はこっそりと笑った。

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