(サッチ、先輩…)

何で帰ってないんだろうとかそんな疑問は私の頭から抜けていて、私は演奏する先輩の姿にただ釘付けになっていた。
先輩は楽しそうに演奏するっていう印象があったけど、今の先輩は真剣そのもの。
普段とまた違った先輩の姿があまりにも格好よくて、見とれてしまっていたから。

「、あ」
「ひゃっ!?」

カンッと鳴った軽い音。
それと同時に私の近くまで飛んできたスティックに、これでもかというくらい驚いてしまった。

「フィルちゃん!?、怪我してねえか!?」

声出ちゃったし気づきますよね…!
私の存在に驚いた顔をしつつも先輩が駆け寄ってきて、もういろんな意味でどきどきだ。

「は、はいっ、大丈夫です」
「…そっか、よかった。」

安心したように緩く笑ったあと、近くに落ちていたスティックを拾う先輩。
真っ先に怪我を心配してくれるなんて…やっぱりサッチ先輩は優しいな。

「…あー、割れちまったか。」
「え?」
「ほら、ここ。」

…あ、本当だ。
私が見やすいようにと近くに来て腕を下げて見せてくれたスティックは先端部にヒビが入っていた。

「練習用だったし…仕方ねえ、新しいの買うかな。」
「先輩のだったんですか?」
「まあね、何本か持ってんだ。さすがにドラムセットは持ってねえけどな。」

大きいし音もあるし…買えたとしても部屋には置きづらいもんね。
先輩は話しながら慣れた手つきでくるくるとスティックを回している。
私だったら一回転させないうちに落とす自信があるよ…。

「…それで練習してたんですね。」
「そ。見つかると面倒だから早めに切り上げるつもりだったんだけどな。」

ドラムセットは部室にしかないし…今日はテストで終わる時間も早いうえに生徒はほぼ帰ってるから確かに練習にはうってつけの日だ。
…サッチ先輩、がんばってるところを表には出さない人なのかなあ。

「…で、」
「へ?」

先輩のスティックは宙に放たれて一際大きな軌道を描いた。
な、何ですか先輩そんなイゾウ先輩みたいな笑い方して…

「フィルちゃんはどーして部室に来たのかな?」

やっぱりそれ訊いちゃうんですか!!
すっかり忘れてたけどこの状況で私の存在おかしいですよね、やっぱり疑問に思っちゃいますよね…っ!

「テスト終わったんだろ?帰んなかったの?」
「!えと、終わったんです、けど…」

ど、どうしよう困ったぞ!
歌の練習は家でもできるし…忘れ物したなんてのは苦しすぎるよね、でも「部活のこと考えてたら何だかうずうずして部室行ってみようかなと思ったんです」なんて本音言えないよ…!
でも何か言わないとさすがに怪しいというかなんというか…

「寂しかった?部活なくて。」

ばっと顔を上げると優しげに笑う先輩がいて。
何だか子どもみたいな理由で恥ずかしかったし寂しいは言いすぎな気もしたけど、理由としては遠くないので素直にこくりとうなずいた。

「そっか、何か嬉しい。」
「…何でですか?」

驚くかなとは思ってたけど…嬉しい?
よくわからなくて先輩に訊くと、先輩は少しだけ困ったように笑って。

「入部、ほぼ無理矢理だっただろ。だからちょっと心配だったんだ。でも寂しいって思ってくれてるってことはそれなりに楽しんでくれてるのかなって。」

すごく嬉しかった。
サッチ先輩は入部したときからずっと私のことを気にかけてくれてたんだ。
言いながらくしゃりと髪を崩す先輩は照れてるようにも見える。

「楽しいです。上手くならないし、注意ばっかり受けてますけど…でも、」
「楽しい?」
「はい!」

私がそう返すとサッチ先輩は満足そうに笑ってくれた。
本当のことを言うと、部活が楽しいのは先輩たちの存在が大きいんだけど…これは恥ずかしくて言えそうにない。
まあ練習が楽しいのは嘘じゃないしね、これはこれでいっか。

「…っし、そろそろ帰る?」
「はい、先生に見つかっちゃうと困りますもんね。」
「それだな。…あ、」

ドラムセット近くに置いてある荷物を取りに行った先輩が何か思い付いたように声をあげた。
…どうしたのかな、忘れ物?

「なあ、1年ってテストいつまで?」
「明後日が最終日ですけど…。」
「その日、テスト終わったあと何か予定ある?」
「…ないです、けど…」
「じゃあさ、一緒に買い物行かねえ?」

おれのスティック選び。
最大級の笑顔に、私からは間抜けな声しか出なかった。

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