「…フィル、あれ見てて。」
「何ですか?」
「いいから。」

ハルタ先輩…何か面白くなさそう?
今してるのって自己紹介だよね、先輩の知り合いとかかなあ。
目立ちそうなタイプの男子だけど…わっ!?
ちょ、からかわれてる…っ!
相手は上級生っぽいし、やりにくそうだなあの子…あ、副部長さんが止めに入った。

「…わかった?さっきの。」
「ちょっかいかけてくる、ってやつ…ですよね?」
「そ。さっき副部長に止められてたの、2年のキッドってやつだよ。要注意ね。」

うう、私の苦手なタイプの人だよ…。
ていうか、あの人って足長い人と同じバンドだったよね…うん、髪色特徴的だったし。

「フィル覚えてるか?あいつ、歓迎祭でおれたちの前にやったバンドのメンバーだぜ。」
「あのバンドは上手いし人気もすげえんだけど…ちょっとクセのあるやつがいるからなあ。」
「フィル。キッドの隣にいる、帽子被ったやつがいるだろい。あいつもクセがあるから気を付けた方がいいよい。」

…って、私がぶつかった足長い人じゃん!
ほ、本当やらかしてるよね私って…。

ーー


「フィル、次はおれたちの番だぞ。まあ、おれはここからお前の無様な自己紹介と歌う姿を見てるがな。」

イゾウ先輩、それって送り出す側の人が言う言葉じゃないですよね。
後輩にかける言葉を選んではいただけないんですかね。

「…それって応援してくれてるんでしょうか。」
「当たり前だ。部員全員、おれが歌うと思ってるんだぞ?…しっかりやりな。」
「は、はいっ。」

そ、そうか…歓迎祭は先輩が歌ったもんね、みんな私のこと知らなくて当然なんだ。
先輩にちょっとでも迷惑かけないように、しっかりやらなくちゃ!

「いよいよ初ステージだな!フィル、みんなびっくりさせてやろうぜ!」
「緊張で歌詞忘れちゃだめだよ?よろしくね、ボーカルさん。」
「フィル、周りの声なんて全部無視してやりな。いつも通りにやれば問題ねえよい。」
「なあフィルちゃん、ジョズ見て。」

…あ!ジョズ先輩がこっそり手振ってくれてる!
先輩、私がんばります…!

「…ひひっ。フィルちゃん、楽しんでいこうぜ。」
「は、はいっ!」

…ううっ!
み、みんな見てるよ、私すっごく見られてるよ…っ!
やっぱりみんなイゾウ先輩が歌うと思ってたんだろうな、あちこちから向けられるあれ誰?的な視線が痛い…。
…で、でも仕方ないし…言っちゃえ!

「…い、1年D組のフィルです。担当は…」
「イゾウ先輩じゃねえのか?」

ひっ!?
い、いきなり恐れていたことが来たー!
というかあの人…キッド先輩だよね!?
先輩たちは大抵の人は何も言えないって言ってたけど、その例外がこの人か…。

「い、一応私がボーカルで…」
「あ?今回だけか?それとも…」
「このバンドのボーカルはフィルだ。」

イ、イゾウ先輩…っ!
今ものすごくイゾウ先輩が頼もしく見えます!

「…歓迎祭は先輩でしたよねえ?」
「あれは、体調を崩したこいつの代わりに出ただけでね。」
「本気で言ってるんすか?」
「おれはこいつの教育係だ。」
「…ハッ、こんな1年が白ひげのボーカルか!こりゃあ今年はおれたちの年になりそうだなあ!」

…こ、これってすごい喧嘩売られてません?いや、確実に売られてるよね。
隣の足長い人も笑ってるし…。
まあ私は喧嘩買ったりなんかしないし、したくもないからいいけど。
それに、マルコ先輩も周りの声は無視しろって言ってたもんね!

「おいキッド、フィルをバカにすんな!」
「本当だよね。さっきから好き勝手言ってくれてるけど、フィルをその辺のボーカルと一緒にしないでくれる?」

ちょっ!?言い返しちゃだめですって!
私は穏便にいきたいんです!

「フィルの歌はイゾウにも引けをとらねえよい。それに、今年の学園祭もおれたちがもらう。」
「ああ?」

マルコ先輩ー!?
無視しろって言葉はどこ行ったんですか!
思いっきりキッド先輩の怒り買ってるの絶対わかってますよね!?
しかも学園祭をもらうって…また何かあるのかなあ…。

「ま、聴けばわかるって。な、フィルちゃん?」
「!あ、いや…」
「フィルちゃん、表情が固いぜ。…ほら、みんな聴けよ!」

サッチ先輩の一声で部屋の空気が変わって、熱気を帯びる。
前奏が始まり振り返ると、先輩たちは本番の顔。
けど。
みんな笑って私を見てくれたから、私も自然と笑顔になれたんだと思うんだ。

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