(何でいつもいつも言うのが遅いんだ…。)

教室に着くと、ばったりと机に倒れ混んだ。
考えるのは明日の本番のことばかり。
本当なら昨日も放課後練習があるはずだったんだけど、私の体調を考えてお休みになった。
…ということは今日しか練習できないわけですよ、はい。
泣いてる隙なんてないから練習しろなんて言ったのは先輩たちのくせに…!

(あー…やっぱり自信ない。)

もう日がないということもあるけど、私にはもうひとつ大きな不安要素がある。
それは…

「あ、見てよあれ!エース先輩!」
「隣にいるのってマルコ先輩だよね、格好いいなあ…!」

…これだよ。
窓から見えた先輩たちの登校姿に釘付けのクラスメート(9割女子)。
やっぱり演奏がすごかったらしくて、先輩たちのファンも一気に増えたらしい。
昨日は学校中が軽音楽部の話題で持ちきりだったんだ。
これだけ人気がある先輩たちに混じって私なんかがボーカルをするということの重大さを考えると、当然明日の本番は不安になるよね…。

「イゾウ先輩だ!今から私も軽音楽部入ろうかなあ…。」

…やめた方がいいよ、イゾウ先輩は見た目も中身も鬼だから。
しごかれた本人が言うんだから間違いない。

「ねえ、フィルは見ないの?…あ、ハルタ先輩とジョズ先輩だ!見てるだけですごく癒される…っ!」

毎日見てたよ、一緒に演奏もしてたんだよ。
…いや、ハルタ先輩とジョズ先輩に癒されるってところには私も納得だけど…。

「う、うん…そうだね。」
「もー、何その返事…あ!サッチ先輩だ!」

運がいいのか悪いのか、私の席はちょうど窓際。
体を起こして友だちが指差す方を見ると、言葉の通りサッチ先輩がいた。
…サッチ先輩、今日は髪下ろしてるんだ。

「フィル知ってる?サッチ先輩って、男子からもすごく人気あるんだよ!」

気さくだし優しいし…格好いいもんね、男子も憧れるんだろうな。

「私、マルコ先輩が好きだなあ…。ねえ、フィルは?」

…私?
どうだろ…先輩はみんな優しいし(イゾウ先輩は時と場合によるけど)、演奏だってみんな上手いし尊敬するよね。
誰が、なんて…。

ーー


「何だい、元気なさそうじゃねえかい。」
「いや、まあ…。」
「フィルまだ具合悪いの?大丈夫?」
「えっと、そういうわけでは…。」
「あ、腹減ってるんだろ!」
「それは違うんですけど…。」

…はあ、先輩たちは自分たちの人気のすごさを絶対わかってないんだよ、じゃなきゃあんなに堂々と演奏できないよ。

「…フィル、そんなに明日の本番が嬉しくねえってのか?」

イ、イゾウ先輩…!?
こんなやる気無さそうな姿見たらそりゃ怒りますよねというか恐いです!!

「い、いや!ちがっ」
「歌いてえってあんなに泣きわめいてたのは、どこのどいつだっけなあ。」
「!?な、泣きわめいてなんか」
「せっかく歌わせてやろうと思ったが…仕方ねえ、明日もおれが…」
「イゾウ、いじわる言わねえの。フィルちゃん困ってんだろ?」

サ、サッチ先輩…っ!
こんなふうにイゾウ先輩にからまれたの初めてだったし、本当助かりました…!

「くくっ、いいじゃねえか。これでやる気が出るんなら結構なことだろ?」
「そんなやり方で出るかってんだよ…。」
「あはは、これで出るのってイゾウくらいだよね。」

ハ、ハルタ先輩さすがです…たとえ思っていてもそんな一言私には言えません。
火曜日にあんなことしちゃったから実は部活に来るの不安だったんだけど…今まで通りに接してくれるし、やっぱり先輩たちは優しいな。

「なあジョズ、明日ってどうなるんだっけ。」

エース先輩、またパン持ってる…。
絶対購買部のおばちゃんとかと仲良いよね。

「明日は部室に集合だ。流れは去年と同じになるだろう。…フィル、新入部員は簡単な自己紹介をしてもらうぞ。」
「えっ!?」
「名前と所属バンド、それに自分の担当しているものを言えばそれでいい。そう構えなくても大丈夫だ。」

じ、自己紹介とか聞いてないですよ…!
私そういうのは全くだめなタイプなんですって!
前リハーサルの時にいた人たち全員軽音楽部だったよね?で、その人たちの前でやれってことでしょ!?
ああ、本当明日が憂鬱だよ…。

「フィル。おれたちがいれば大抵のやつらは何も言えねえから、心配すんじゃねえよい。」
「そうだよ。変に絡んでくる部員もいるけど、ぼくたちがいれば大丈夫だって。」
「は、はあ…。」

…ということは、もしかしたら絡まれるかもしれないってことですよね。
歌うのもだけど、自己紹介も心配になってきたよ…。

「フィルちゃん、考えても仕方ねえって。…それよりさ、1回合わせねえ?」
「えっ、」
「その方がいい。明日は時間が取れないだろうからな。」
「おれもやりたい!ちょっと待っててくれよ、すぐ調整するから!」
「フィル、ちゃんと全快したか聴いててやるよい。」
「エース、早くしてよー。ぼく、もう準備できちゃったよ。」

…そういえば、最初に会った時も私が返事してないのに準備始めてたよね。
あの頃と比べて変わったのは、私がこのバンドの一員で、ボーカルとして受け入れられてるってこと。

「フィル、前みたいな歌い方しやがったら…わかってるよな?」

…うん。
明日は大変そうだけど、先輩たちがいれば楽しめそうな気がするんだ。

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