「フィルちゃんはさ、好きな教科ある?」
「おれは家庭科だなー。あ、調理実習のときだけな?意外だってよく言われるけど、料理するの好きなんだ。」
「今度シフォンケーキつくるからフィルちゃんも食べてよ。絶対うまいからさ。」

ひたすら泣いたあと、サッチ先輩に「ついてきて」と言われて保健室を出た。
サッチ先輩はいつもと変わりなく接してくれるけど、ほんの少しだけ口数が多い。
それに、その内容も部活に関係ない話題ばかり。
そんなサッチ先輩の優しさが素直に嬉しかった。
ほとんどの生徒が帰っている校舎内はしんと静まり返ってる。
しばらく進むと、急に先輩が立ち止まった。

(…イゾウ、せんぱいだ…。)

部室の前。
壁に背中をあずけて立っているのが見えて、私の足は自然と止まる。

「…フィルちゃん、」

背中に感じたあたたかさ。
サッチ先輩の手。
「大丈夫だから」、そう言われてる気がして。

「…イゾ」
「ひでえ顔だな。」

あきれられてるのかな。

「…せん、ぱ」
「入れ。」

何か言うこともできない。
部室のドアを開けると、ほかの先輩たちと目があった。

「フィル!大丈夫か!?」
「ねえ、起きて平気なの?」
「気分悪くねえかい?」
「ほら、上着だ。まだ着ておいた方がいい。」

先輩たちは、何ひとつ変わらない態度で心配をしてくれる。
私はこの人たちに何て謝ったらいいのか、そればかり考えてたんだ。

「…あ、の」
「フィル」

後ろからイゾウ先輩の声。
私が喋ろうとすれば、すぐ邪魔される。
どうして何も言わせてくれないんだろう。
それがどうしようもなく怖かった。
けど。

「泣いてる暇なんてねえぞ。次のステージは決まってるからな。」

それは、私の思い違い。

「そうだよフィル。練習しなきゃ!」
「今度は部内だけでやるんだ!楽しいぜ!」
「早く体調戻して、歌えるようにしねえといけないんじゃねえかい?」
「新入部員の紹介も兼ねている。フィル、おれたちのバンドはお前が主役だぞ。」

先輩たちは本当に優しい。
私に泣いている暇さえ、謝る時間さえくれないんだ。

「…フィルちゃん、いけそう?」

今回だけ。
今回だけは甘えさせてもらおう。
だから次は、絶対。

「……は、い…っ!」

私ができる一番いい歌で、先輩たちに返すんだ。


(……あ、あの。)
(何だ。今から練習してえのか。)
(…い、いや、…次の本番っていつなのかな、って…。)
(3日後の金曜日だ。)
((……やっぱり無理かも。))

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