(ほけん、しつ…。)

目を覚ますとベッドの上。
周りはカーテンで囲まれていてやたらと静かで、そのせいか自分の呼吸音がひどく大きく聞こえる。
カーテンの外は見えないけど、学校で倒れたんだから運ばれる先は保健室くらいだ。

(時計、どこだろ…。)

私自身、びっくりするくらい落ち着いてる。
部屋のどこかには時計があるはずだ。
今、何時か。
それだけが知りたくて、少し重い体を起こしたら。

「…フィルちゃん?」

サッチ先輩の声。
すごく控えめで弱くて、先輩らしくない。
いつからいたんだろう。

「起きた?中…入るな?」

先輩だけしかいないみたい。
椅子に座った先輩は、私よりよっぽど辛そうな顔をしてる。

「…いま、何時ですか?」
「……17時、過ぎたとこだよ。」

それだけわかればよかった。
他にはもう、何も。

「…フィルちゃん、ちょっとごめんな?」

額に当てられた手が冷たくて、気持ちよくて目を閉じる。
マルコ先輩と逆で、思ってたよりも手は薄いんだ。

「熱…下がったみたいだな。…よかった。」

笑っているのに、やっぱり先輩は辛そう。
何を言えばいいのかわからなくて、たまらず先輩から目をそらした。

「……本当はさ、イゾウもフィルちゃんに歌ってほしくてぎりぎりまで悩んでたんだ。」

イゾウ先輩は厳しい分、すごく優しい人。
練習しているうちに少しずつわかったことだ。

「フィルちゃんが歌いたいって思ってたの、あいつも知ってたから。…フィルちゃんの練習一番みてたの、あいつだしさ。」

先輩は気づいてたんだ。
最後の通し、私は体調を隠すことに必死で。
歌うことが苦痛で。
楽しくも、嬉しくもなかったことを。

「…サッチ、せんぱい」
「ん?」

そんな状態の私に歌わせるより、すごく上手いイゾウ先輩が歌った方がいいってことくらい私だってわかる。
聴いている人にとっても、演奏する先輩たちにとってもそれは同じ。
だから、こうなってよかったんだ。
けど。

「…わた、し、」
「……」

頭ではわかっているのに、それでも思ってしまう。

「ほん、と、は」

どうしても、望んでしまうんだ。

「…歌いたかった?」

そう言った先輩の声があまりにも優しくて。
溢れてくる気持ちを抑えるなんてできなくて。

「…れんしゅ、がんばった、っ、のに、」
「…そうだな。毎日見てたし、聴いてたからわかるよ。」
「たくさ、おしえて、もらって、っ」
「…教えるのは当然だろ?」
「やすみも、れんしゅ、つきあっ、もらったのに、」
「…やりたくてやったんだ。気にする必要なんてねえさ。」
「うたい、たかった、のに、」
「…うん。」
「うたえなくて、いや、で、くやし、っ、て」
「……うん。」
「ごめ、なさ、っ、」
「…何でフィルちゃんが謝んのさ。」

ごめんなさい。
私、先輩たちに何も返せなかったんです。
私には歌うことしかないのに、結局それすらできなかったんです。

「めい、わ、ばっかり、」
「迷惑なんて好きなだけかけろよ。フィルちゃんは後輩なんだからさ、もっと頼って甘えればいいんだって。な?」

私が下手だから、練習たくさんみてもらったのに。
私に体力ないから、こうやって体調崩して。
結局先輩たちの邪魔をしたんです。

「せん、っ、ぱ、」
「……好きなだけ泣いていいよ。」

その後も泣き続ける私の頭を、先輩は黙ったままずっと撫でてくれていた。

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