今日は授業自体はないんだけど、その代わりに明日の歓迎祭の準備や各部活のリハーサルがあるんだ。
この学校は生徒の数も部活の数も多いし、学校中が明日へ向けて盛り上がってる。
リハーサルは本番と同じ順番でするみたいだから、私たちの出番はまだまだ先。
でも会場のセッティングをしたり器具を会場に運んだり、当日の流れを確認したり…って何だかんだやることがあって、結構大変だ。

『…放送します。軽音楽部の生徒は、ただ今からリハーサルを行いますので体育館に集まってください。繰り返します…』

お昼を挟んで14時過ぎ。
軽音楽部の番がまわってきたらしくて、部員全員が会場の体育館に集まってる。
リハーサルの進行を仕切ってるのは、もちろんジョズ先輩だ。
リハーサルだとしても他のバンドの演奏をちゃんと聴くのは初めてだから正直楽しいし、わくわくするなあ。
やっぱりボーカルに目がいっちゃうんだけど…仕方ないよね、気になるんだもん。
ボーカルは男の人がやってるバンドがほとんど。
歌声は力強いし格好いいし、ちょっと不安にもなるけど…が、がんばるって決めたもんね!
私のバンドは演奏順も最後。
だから先輩たちと一緒に待機中なんだ。
…けど。

(…何か、今日変だ…。)

困ったことに、朝から頭がぼーっとする。
体も重いし、やたらと疲れる。
そのうち治るかなって思ってたんだけど一向にそんな気配はなくて、むしろひどくなってるんじゃないかってくらいなんだよね…。

「…ねえ、フィルってば!」
「!…は、はいっ。」
「ぼくの話聞いてなかったでしょ。先輩の話はちゃんと…、」
「ど、どうしました?」
「…フィル、何かおかしくない?」
「え…?」
「おれも思ってた。フィル、今日何か元気なくねえか?」
「や、そんなことないです!明日本番だからちょっと不安だなって思ってただけで…!」
「…フィル、失礼するよい。」

ふあっ!?
マルコ先輩、て!手っ!
…で、でも思ったより大きくて男の人らしい手なんだなあ…。

「…熱はねえみたいだが、確かにダルそうだねい。」

だ、だるそうなのは先輩です!
いっつも眠そうだしだるそうにしてるじゃないですか!
…ま、まあそれは演奏のとき以外ですけど…。

「…フィルちゃん、保健室で休んどくか?順番近くなったら呼びに行くからさ、それまで…」
「本当に大丈夫ですって!他の人たちの演奏聴いてたいですし、今も椅子に座ってるだけですし…っ!」
「…昨日も大丈夫だって言ってたよな?けど、今のフィルちゃん…」
「こ、ここに居たいんです!…きっと保健室に行ったら演奏とかこっちが気になって、余計に休めないと思うんです!」
「……、わかった。けど、無理しちゃだめだぜ?」

…あ、危なかった…っ!!
さすが先輩たちだよ、何で気がつくんだろう…。
で、でもここに居たい理由は嘘じゃないしね。
今日の私があるのは先輩たちのおかげなんだ。
どうしようもなく下手な私を引っ張ってきてくれたし、練習だって付き合ってくれた。
これ以上の迷惑なんてかけられないんだ。
今日乗り切れば明日は本番なんだから…先輩たちに応えるためにも、ここはがんばらなきゃ…っ!

ーー


「…フィル。今から演奏するやつらが、おれたちのひとつ前のバンドだ。」

…ということは、マルコ先輩が言ってた2年生の人たちか。
ものすごく上手いって先輩たちが褒めて…う、うわ!?
足、長くない!?ちょ…どこのモデルですか!
と、隣の人は髪真っ赤だし他の人もすごいな…。
雰囲気からして上手そうだし…この人たちの次に私が歌うなんて…っ!

「そろそろ移動だ。舞台袖に行くぞ。」

聞こえてくる歌声がすっごく上手いんですけど…!!
やっぱり先輩たちの言う通りレベルの高い人たちなんだ…完全なプレッシャーだよ、うん。
…あー、舞台袖に来ると一気に緊張してきた…っ!
全く心臓が落ち着かないよ…というか、私たちのリハーサルって1曲通すのかな。
それとも…立ち位置の確認とか?うーん、何するん…

「フィル。」
「、はい。」
「お前はここにいろ。ステージには出てくるな。」
「…はいっ!?な、なん」
「静かにしな。」

せ、先輩!手が、苦しっ!、はぁ…っ。
…そ、そうだった…ここ舞台袖だったのについ大きな声出そうとしてたよ…。
それより!何で私だけここで待機なんですか!!

「フィル、おれがお前の代わりをする。立ち位置なんかをよく見ときな。」
「な、何で…。」
「…サッチから聞いてんだろ。」

イゾウ先輩睨まないで…っ!
でも…何でサッチ先輩?
リハーサル出るなとか…そんなことは一言も聞いてないんだけどなあ。

「何をですか…?」
「…チッ。」

ご、ごめんなさいい…っ!!
でも…本当にわからないんだから仕方ないじゃないですか!
本番が近くて緊張する後輩を少しくらいいたわってくれても…

「…お前の歌を聴かせるのは本番だけだ。」

…えーっと?
それって確か…取られるのが嫌で他のバンドに私の歌声を聴かせたくないって話だった…よね?
なーんだ、それなら仕方ないかあ……って納得できるか!!
リハーサルですよ、リハーサル!
明日本番なんですよ、もうそんな私の声とか他に聴かせるとかどうでもいいじゃないですか!
今さら聴かれたって問題ないでしょ!?

「イ、イゾウ先輩っ。今さらそんなこと」
「じゃあ今お披露目ってか?先週の合わせでも配慮してやってたってのに…んな馬鹿な真似できるか。」

うわー、もう絶対意見変えないよこの人…いや、そんなことは経験済みですけどねっ!?
先輩たちは何回もリハーサルとか本番とかやって来てるかもしれませんが、私にとっては今回が初めてなんです!

「……、それに」
「イゾウ、順番来たぜ!」
「チッ。…とにかく、お前はそこで見てな。絶対に出てくるんじゃねえぞ。」
「!せ、せんぱ…っ、」

イゾウ先輩の表情はいつもと変わらず厳しかった。
でも、何でかな。
怒ってるようにも機嫌が悪いようにも見えなかったんだ。

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