「…今日はこれで終わりだ。さっき言った部分、きっちり復習しときな。」
(つ、疲れた…。昨日に増してハードだったな…。)
「……、フィル。」
「?…あ、他に復習するところですか?」
「…明日の練習は部室でやる。」
「えっ?…そ、それって、まさか、」
「明日から合わせだ。」
「…ほ、本当にいいんですか…?」
「…やりたくねえのか。なら、今まで通り」
「やったー!!…イ、イゾウ先輩!私がんばります!!」
「…復習、忘れるなよ。」
「やります!…先輩、ありがとうございます!!」

ーー


(えへへ、今日から合わせだって…!)

昨日言われたとき…本当嬉しかったなあ。
今日が水曜日だから、今日を入れてもあと3日しか合わせられないけど…でもやっぱり嬉しいよ、これは!!
…月曜、先輩たちの演奏を聴けて本当によかった。
一緒に歌いたい、ってすごく思ったんだ。
だからかな…自分の中で何かが変わった気がする。
イゾウ先輩が合わせを許可してくれたのは、本当は時間がないから仕方なしにだったのかもしれない。
…けど、私にとってはひとつ前に進めたことがすごく嬉しくて…今日はこれまで以上に気合いが入ってるんだ!

(…あ、もう先輩たち揃ってる…!)
「ようフィル!早くやろうぜ!」
「フィル、やったね!今日の合わせ、すごく楽しみにしてたんだよ?」
「どれほど成長してるか聴かせてもらうよい。」

う…っ、先輩たちも何か気合い入ってる感じがする!
先輩たちと合わせられるのはすごく嬉しいけど…いざ歌うってなると…だ、だめだ、緊張してきた…!

「フィル、そう構えなくていい。」
「!は、はいっ。」
「…フィル、お前は中央に立て。」

優しいジョズ先輩はともかく…いつもより2割増しで厳しい目のイゾウ先輩が目の前に座ってるとか余計に緊張するよ…!
しかも立ち位置的に周りは先輩に囲まれてるわけだし、マイクとかも久しぶりだし…!
先輩たちと一緒に立つことができて本当嬉しいんだけど、緊張しすぎて今までやってきたこと全部忘れそ…

「フィルちゃん、」

どんなに緊張していても、不思議なことに先輩の声はすとんと届いてくる。
…そっか、先輩は私の後ろにいるんだ。

「楽しくいこうぜ。」

…サッチ先輩。
先輩の笑顔、やっぱり好きだなあ。
先輩が一言くれるだけで、何だか気持ちがやわらかくなるんだ。

「… 」

緊張で声は震えるし、上手く出せてないかもしれない。
演奏が始まったのに、どきどきとうるさい心臓は全く止まりそうにない。
足だって、手だって感覚が薄い。
でも。
今は、先輩たちと一緒にできる。
一緒に歌えて、すごく嬉しいんだ。
一緒に歌えて、すごく楽しいんだ。
…イゾウ先輩。
私、もっと歌いたいです。

ーー


「……あ、あの…、どう…でしたか…?」

…だ、だめだ、自分が楽しんでばっかりだった気がする!!
でも本当に楽しかったんだもん、仕方ないじゃん!
緊張で先輩たちの音あんまり聴けなかったし…ちょっと、いや大分間違えちゃったし…!!
も、もう一回やり直させてほし…

「…フィル、すっげえ楽しかった!もう一回やろうぜ!?」
「ひゃっ!?」
「ぼくもやりたい!フィルの歌、今日が一番よかったよ!?」
「えっ!?」
「大したもんだよい、フィル。よくここまで練習したねい。」
「!せ、せんぱいっ」
「フィル、ちゃんと練習の成果がでていたぞ。よかった。」
「!、ほんとに、」
「フィルちゃん、後ろから見ててもすげえ楽しそうってわかったぜ。癖にならねえ?この感覚。」

必死にうなずいて返すと、先輩が嬉しそうに笑ってくれた。
終わったのに、まだ心臓どきどきしてるよ…。
でも予想外なくらい先輩たちが褒めてくれたし、本当によかったあ…!
あ、あと一番気になるのは…問題のあの人からの感想なんだけど…。

「…フィル、」
「ひっ!!」

き、来た…!
一番気になるけど一番聞きたくない…!!
たくさん間違えちゃったし先輩たちの音あんまり聴けてなかったし、これはもう絶対怒って…

「…普段の練習も、今ぐらい楽しそうにやってくれりゃあよかったんだがな。」

…え、うそ。
先輩が、いつも厳しい顔しかしてくれなかったイゾウ先輩が少しだけど笑ってくれてる…?
イゾウ先輩、それって…褒めてくれたんですよね…っ!?

「…そりゃイゾウ、お前の顔が恐いからに決まっ…うぎゃっ!?」
「サッチ、黙りな。」

…あ、あのプラスチック銃どこから出したんだろう…。

「日もねえからな。…フィル、やるぞ。」
「…は、はいっ!」

イゾウ先輩はすぐ元の表情に戻っちゃった。
けど。
先輩はどこか楽しそうで、それがすごく嬉しかったんだ。


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