「はあ、今週は早いな…。」

週の後半ともなってくると、さすがに体が重く感じる。
もう木曜だよ、放課後だよ。
毎日(部活の練習が)充実してるからか、日が経つのがあっと言う間なんだ。
ある程度覚悟はしてたけど、今週のイゾウ先輩はそんな私の予想を軽く上回る指導だったからね、うん。
あの入部前の先輩の優しさはどこへ…いや、入部前もあんな感じだったな。

「…さ、昨日も家で復習したし!今日もがんばろーっと…、?」

…あ、あれ?一番乗り?
珍しいことに、教室には誰もいない。
いつもならバンドの先輩が2、3人はいるんだけどなあ。

「…ま、いっか。練習しとこ。」

原曲を携帯に入れとくと、登下校とか空いた時間にいつでも聴けるからすごく助かってるんだ。
うるさくしちゃだめだし(まあ結局歌うけどね)、イヤホンつけて…完璧!
前に比べたら速さにも大分ついていけるようになったし、これもイゾウ先輩筆頭の本当に容赦の欠片もないご指導のおかげだと思うな。

(…あ、さっきのところ昨日も間違えてた。書いとこ。)
(うーん、もう少しここは柔らかく歌った方が合うのかな…。)
(毎回散々に注意されるし、やっぱりサビはもっと声だした方がいいよね…。)
(…やっぱり聴いてる人からの指摘がほしいなあ。先輩、早く来て…!)

ーー


「…うん。今のはいつもよりちょっとだけうまく歌えてた気が…、ぎゃっ!?」

サ…サッチ先輩!?
イヤホンつけてたし、教室に入ってきたの全然わからなかった…!
…で、でも何でそんな無表情なんだろう。
先輩いっつもにこにこしてるからなあ、こういう顔はあんまりしないし…

「…フィルちゃん、」
「!は、はいっ!」
「声、きれいだ。…うん、やっぱりきれい。」

ど、どうも…ありがとうございます?
…お礼でいいよね、褒められたんだよね、うん。
サッチ先輩はよく褒めてくれるけど…さっきのはいつもと違う気がする。
何だったんだろう、こんなサッチ先輩珍しいな…。

「サッチ!フィル見つかっ…、いるじゃん!見つけたならそう言えよな!」
「悪い悪い。」
「フィル、何で来なかったのさ。探したんだよ?」

あ、あれ?私探されてた側だったの?
何で来なかった、って…いやいや来ましたよ、教室一番乗りで練習してたんですけど…。
今日って当然練習あるよね?何も他になかったよね?

「…あの、今日って何か…」
「部会だ。それも全員参加の、な。」
「!!」

イ、イゾウ先輩…ものすごく怒ってますよね!?
私ものすごく逃げたいです、今すぐあなたのその鋭すぎる目から逃れたいです!!
…というか、練習のことしか頭になかったから…部会の存在とか忘れてたああ!!

「ほ…本当にすいません!!私忘れてて…!」
「…、まあいい。ジョズ。」

…え、おとがめなし?
あのイゾウ先輩が?いかにも怒ってそうなイゾウ先輩が…何で!?
…これは何かある、絶対ある。
今日の練習は相当しごかれること間違いなしだ…。

「フィル、次で気を付けてくれればいい。…希望通り、演奏順は最後になったぞ。」

ああごめんなさいジョズ先輩…部長の前で本当ごめんなさい…、次は絶対行きますから…っ!
…演奏順が希望通り最後になった、ってことは…相当このバンドの先輩たちが上手いって証拠だよね。
そこに私が入るのか…うん、想像できません。

「フィル。おれたちの前は2年のバンドで相当レベルの高いやつらだったからねい、負けんじゃねえよい。」

マルコ先輩そんな情報要りませんって…っ!
やるだけやってみるとは決めましたけど…他のバンドと張り合う気なんてありませんから!

「あいつら、1年のときからすっげえ上手かったよな…。フィル、絶対負けんなよ!」
「そうだよフィル。ぼくたちの方が上手いんだってところ、見せつけちゃお!」

…ちょっ、先輩!待ってくださいよ!
先輩たちがそんなに言うってことは…そのバンドって相当上手いんでしょ?だったらボーカルだって当然上手いんですよね!?
私だってがんばってるつもりではいますけど…その人たちからすれば所詮初心者レベルに決まってますよ…!

「せ、先輩、私はそんな…」
「大丈夫だって。」

振り向けば、いつものサッチ先輩。
自信たっぷりそうに、でも不敵に笑ってて。

「フィルちゃんの歌に勝てるやつらなんていねえよ。…な、イゾウ?」
「…そうなればいいんだがな。」

サッチ先輩の言葉は魔法の言葉。
いつも私に元気と、ほんの少しの自信をくれるんだ。

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