「お疲れさん、今日はこけなかったねい。」

マルコ先輩それって褒められてるって思っていいんですか、違いますよね。
先輩の顔、完全に笑ってますもん。

「…あ、ありがとう、…ございます。」
「今日のフィル、何かやる気あったな!まあ相変わらず遅かったけど…。休み明けだからか?」
「…そ、そんな感じです…。」

本っ当に濃い休日だったなー。
曲聴いて復習して…サッチ先輩とも練習した。
…後半は泣いたあとだったから半分練習になってなかったね、うん。
私は下手だけど…やるだけやってみるって決めたんだ。

「…、そうかい。そろそろ戻るよい。」
「よしっ!行くぞフィル!」
「!や、やっぱり早…!」

ーー


「…フィル。言ったと思うが、今週からは容赦しねえぞ。何せ時間が足りねえ。」

うう、ついに来たぞ…!
何か先週より機嫌が悪く見えるのは私の気のせいですか、うん、そういうことにしておこう。

「フィル、がんばれよ!」
「…エースさあ、両手のパンは何なの?」
「え?腹へるじゃん。ハルタもいる?」
「お前と一緒にするんじゃねえよい。…ジョズ、木曜の部会は何をするんだい?」
「歓迎祭の演奏順について少しな…。」
「サッチ、刻め。」
「はいよ。…フィルちゃん、」

…わっ、サッチ先輩がウインクしてくれた!
がんばれって言ってくれてるんだ、きっと。
あれだけ練習みてもらったし、しっかりやらなくちゃ…!

「フィル、一度通す。」
「は、はいっ。」

えっと、あの部分はちょっと高くする、処理丁寧にして、お腹で呼吸して…。
それからそれから…、あ。
ちょっとだけでもいいから自信を持つ、…だよね。

ーー


「……ど、どう、でしたか。」

…な、何で一言も喋らないんですかイゾウ先輩!
いつもなら嫌っていうほど散々に言うじゃないですか、辛辣な言葉のパレードじゃないですか!
黙るのはだめです、余計に怖いです…!
見てくださいよ、他の先輩たちだってイゾウ先輩が何も言わないから1ミリも動けないんですって!

「……フィル、」
「ひっ!」
「5分休憩だ。サッチ、ちょっと来な。」
「…もう休憩すんの?イゾウさん、時間が足りないんじゃなかったっけ?」
「サッチ、」
「はいはい。…フィルちゃん、ちょーっと待っててな?」
「…え?せん、ぱい?」

…教室から出てっちゃったよ?
まだ1回通しただけなのに…5分休憩?何、私の反省タイムってこと?
いつもなら1時間でも2時間でも続けてやっちゃうのに…な、なぜ?
それにサッチ先輩まで連れ…

「フィル!今日どうしたんだよ、何やったんだ!?」
「へっ!?な、なに、って」
「フィル、びっくりしたじゃん!頭でも打った!?」
「いやっ、頭は」
「フィル、今までより格段によくなっていたぞ。」
「!?う、うそっ」
「ジョズの言う通りだよい、フィル。…休みの間に何かあったねい?」
「あ、う、…はい、いろいろと…。」

び、びっくりした…、先輩たち(特にエース先輩とハルタ先輩)が一気に詰めよってきたから余計にだよ。
とりあえず…前よりもよくなったってこと?
だったら練習した成果が出たってことだよね、本当よかった…。
…ん?でも、おかしいぞ?
イゾウ先輩は一言も褒めてくれなかったし…それ以前に感想すら言ってくれなかったぞ?
もしかしてイゾウ先輩の中では、私がもっと上手く歌う予定だったから…失望されちゃった、とか?…うん、容赦しないって宣言されたし、先輩ならありえるな…。
…で、でもがんばるって決めたんだ。
今日は結局だめだったけど、次イゾウ先輩に褒められるようにすれば…

がらっ。

「…休憩は終わりだ。フィル、32小節目からいくぞ。」
「!…あの」
「何だ。」
「さ、さっきの通し…できれば何か指摘してほしいんです、けど…。だめだったところ、とか。」
「…ひひっ、イゾウさん?今週からは容赦しねえんだろ?」
「……34小節目の2拍目、音が下がりきってねえ。40小節目の頭、発音がキツい。47小節目、ビブラートくらいかけれねえのか。52小節目は絶対に息継ぎするな。それから…」
「!?ま、待ってください!早すぎて、」
「…あとは最中に言う。始めるぞ。」
「イ、イゾウ先輩!もう1回だけ」
「サッチ。」
「ん。…フィルちゃん、やるぞー。」

譜面、今日だけで真っ黒になりそうだ。

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