(は、恥ずかしい…!)

き、気持ちを伝えるのってこんなに勇気がいるんだ…!!
サッチさんはあんなに平然としてたのに私ときたら…ああもう!
というかさっきから全然心臓が治まってくれないしむしろひどくなってるんですけど!

「…やべえ」

私が内心大慌てしているところに上から聞こえた声。
顔を上げるとサッチさんは手で顔を隠すように覆っている。
指と指の間からのぞいていた目がぱちりと合うと、サッチさんは少し視線をさ迷わせたあとゆっくりと手を下ろしながら深く息をはいた。

「、あの…」
「心臓、飛び出そうなんだけど。ほら。」

サッチさんは私の手をひょいと取ると、そのまま自分の胸に押し当てる。
触れてしまったことに慌てつつも手に伝わってくる心臓の動きは私と同じくらいのもの。
そんな風には見えなくて反射的にサッチさんを見れば恥ずかしそうに、困ったような顔を向けられて。

「な?」
「は、はい…。」

破顔され、さっきの驚きもどこかへ消えてしまう。
手を放されたのでおずおずと引っ込めるけど、心臓がおさまってくれる気配は全くない。

「フィルちゃん、顔すげえ赤い。」
「…だ、だって、言うのすごく緊張して」
「かわいい。」

ふ、不意打ちだ…!
今の私は本当にいっぱいいっぱいで余裕なんかこれっぽっちもないのだ。
なのにサッチさんはそういうこと言うし…こ、これ以上私を追い詰めないでください!

「ふたりになった時フィルちゃん元気なかったろ?だからどうしようかと思った。」
「!ご、ごめんなさい。あの、」
「いいよ。今めちゃくちゃ嬉しいから。」

その言葉通りサッチさんがすごく嬉しそうに笑うから、私は恥ずかしくてどうしようもなくなる。
でも…嬉しいのは私も同じ。
こうやって一緒にいるだけでどきどきして、気持ちがふわふわして…すごく嬉しくてたまらないんだ。

「……あのさ、」
「は、はい。」

そわそわとしながらサッチさんを見上げると、サッチさんは大雑把に髪をかきあげる仕草をして何やら唸っている様子。
目が合わないし少し落ち着きがないから…もしかしたらサッチさんもまだ照れているのかもしれない。
何だか新鮮でかわいいなあと思っていたのも束の間。

「キス、してえ。」

ぽつりと落とされた言葉を理解するまで数秒。
…ちょ、ちょっとサッチさん待ってください、展開が急すぎて頭が追い付かないです。

「あああの、サッチ、さん、」
「嫌?」

首を軽く傾けて。
嫌かと問うサッチさんはそれでも私との距離を詰める。

「!さ、さっちさん、まってくださ」
「誰も来ねえんだろ?」

…ひゃあああ!?
ちょ!ちょっと待って!段階踏み越えすぎですって!
私まだ手もつないだことないんですよ!?それなのにキ……と!とにかくそんなの早すぎます!
今の今までサッチさんあんなに紳士的だったじゃないですか!
誰か来る来ないの問題じゃなく…ふあっ!?
く、首!持たないで…!!

「…目、閉じてて。」

今まで聞いたことがない囁くような声にびくりと体が強張る。
頭はくらくらするし、心臓はサッチさんに聞こえるんじゃないかってくらいひどい音が鳴りっぱなしで。
もう耐えきれなくてぎゅっと目をつむるけど、明るかったまぶたの裏がふっと暗くなってサッチさんがすぐそこにいるのがわかってしまった。
その時だ。

「「「おめでとー!!!」」」

ばっと音がするくらい勢いよく体が離れる。
何事かと思う暇もなくエースにハルタさん、それにアキまでもが私たちふたりに駆け寄ってきた。

「サッチよかったな!おめでとう!」
「…あ、ああ。」
「サッチおめでと!本当よかったね!」
「お、う。」
「フィルおめでとう!がんばったじゃない!」
「…う、うん。あり、がとう。」

揉みくちゃにされるけど驚きすぎて片言の返事しかできない。
それは私だけじゃなくて、エースとハルタさんに背中や肩を叩かれながらお祝いされているサッチさんも一緒だ。

「サッチ、おめでとうさん。」

一歩遅れて入ってきたのはイゾウさん。
くつくつと笑う姿にサッチさんはやっと落ち着きを取り戻したみたい。

「おめでとうじゃねえよ!お前ら見てたのか!?」
「嬉しくないの?」
「嬉しいに決まって…じゃなくて!いつからだよ!」
「フィルが謝ってるところから。」
「ほぼ最初からじゃねえか…っ!」

わっと泣き出すように近くの机に突っ伏したサッチさんを見て周りの人たちが笑う。
私の言ったことが全部聞かれていたのかと思うと恥ずかしいことこの上ない。
そ、それにもしかしたらさっきのことも…

「フィル、よかったな。」
「、マルコさん。」

いつの間にか私のすぐ側にはマルコさんの姿が。
見上げるとマルコさんは私をじっと見ていたけど、そのあとふっと微笑んでくれて。

「おめでとう。」
「…ありがとうございます。」

私が今こうして笑っていられるのも…きっとマルコさんがいてくれたからだ。
落ち着いたらまた改めてお礼がしたいな。

「つーか…お前だよマルコ!わけわかんねえこと言ってどっか行っちまうし!それに、お前…」

復活したらしいサッチさんがマルコさんに詰め寄る。
最初は怒ったように言葉を投げていたんだけど…なぜか途中でその威勢がなくなって、まるで気まずさをを表すように視線を逸らしてしまって。
どうしたんだろうと少し心配になっていると、突然誰かに引き寄せられた。
ぱっと見上げたその人はサッチさんの方を見たまま。

「フィルはおれの大事な友だちだからな。誰も見てねえからって早々に手え出そうとするようなやつから守ってやらねえといけねえだろい。」

にやりと笑って、悪そうな顔をひとつ。
強調された後半部分はもちろん、その言葉通り自分の体を盾にする姿にどきりとしてしまい顔が上げられない。
や、やっぱり見られてた…!

「…お、おう、そうだな、おれはそんなこと絶っっっ対しねえけどまあ万が一そういうやつがいたら困るしなそれよりお前いい加減離れ」
「あっれー?でもぼくらが入ってきたときやけにふたりの距離が近」
「よしハルタちょっと黙ろうか。」

言うが早いか口を塞ぎにかかったサッチさんにハルタさんがばたばたと抵抗を始めて、部屋は一気に騒がしくなる。
…サ、サッチさん!それだと息出来ませんって!あと笑顔が怖いです!

「今日はサッチとフィルのお祝いだな!どこか飯食いに行こうぜ!」

エースの提案にぴたりと手の止まったサッチさんと、その隙に逃げ出すハルタさん。
…お、お祝いって言われると何だか恥ずかしい…。

「そうするか。マルコ、良い店ねえのか?」
「じゃあジンベエの店にするよい。ちょうどこいつも行きたがってたしな。」
「予約よろしくね。アキも一緒にどう?今日は助かったし、人数が多い方が楽しいしね。」
「は、はい!」

わいわいと話をしながら部屋から出ていこうとする。
その様子を眺めていたのは私と、

「フィルちゃん」

少し気恥ずかしそうに。
サッチさんが私を呼んで、それから笑ってくれて。

「行こっか。」
「はい。」

ふたり並んで、歩き出した。
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