音楽がかかっていたり所々から人の声が聞こえてきたり。
敷地内は学生や来場者で溢れかえっていて、その賑わいに目を輝かせる人物がふたり。

「わ!楽しそうだね!」
「おおー!何かうまそうなにおいがする!」

前を行くハルタとエースにおれを含めた三人が苦笑しながら着いていく。
その辺りで見かける子どもと同じくらい…いや、それ以上にはしゃいでいる気がしなくもない。

「ふたりしてはしゃぐんじゃねえよい。」
「転ぶなよお前らー。」
「まあいいじゃねえか。嬢ちゃんとはどこで会うんだ?」
「えーっと…この先!広場があるみたい。」

答えが出るまでおれからは何もしないつもりだったし、急かすような真似だけはしたくなかった。
たがら今日のことは完全に想定外で。
来るのが嫌だったわけではなく、純粋に楽しみにしていた部分もある。
けど…今おれは彼女に会ってもいいのか?
とはいえ彼女が気に留めるものを身に付けてきたあたり、おれはずるい男なんだろうと思う。

「あ!いたいた!」

ハルタに続いてエースも手を振りながら声をあげると、それに気づいた彼女がこっちを向いた。
隣にいた友だちらしき子と一緒に向かってくるのに合わせておれたちも歩を早める。

「こんにちは。来てくれてありがとうございます。」

礼をして頭を上げた際に一瞬だけ目が合った。
先に視線をそらしたのは彼女の方。

「ああ。その子はフィルの友だちかい?」
「そうです。ど、どうしても挨拶したいって…。」
「あ、覚えてるよ。確かフィルを呼びに行ってくれた子だよね?」
「!は、はい。」

驚いた彼女の友だちがそのまま挨拶をしてくれたので、おれたちもそれに続く。
おれが名乗ってからは変に視線を感じるし…おそらく彼女から話を聞いているんだろう。

「ねえフィル、午後はずっと空いてるの?」
「はい、大丈夫ですよ。あとこれ…学園祭のパンフレットです。」

そう言って渡された小さな冊子。
エースとハルタが早速読み始めたので保護者三人がそれをひょいと覗き見する形になった。
内容は会場案内だとかイベントのスケジュール、各模擬店の説明などだ。

「なあ、そろそろ見てまわらねえ?おれ昼抜いてきたから腹減って…あ!焼きそばあるじゃん!ここ行きてえ!」
「うん、ぼくも食べた…ってエース!ひとりで先行かないでよ!」

ハルタの制止も気に留めず、あっという間に人混みの中に消えていったエース。
…まあ遅かれ早かれこういう結果にはなるか。

「あーもう、迷子になったらどうするのさ…。ねえアキ、一緒に来てくれる?案内お願い。」
「え?は、はい!」

ハルタが礼を言うと彼女の友だちはわずかに頬を赤らめる。
本当、こいつは手慣れてるよな…。
エースを追いかけて走り出したふたりの背中を半ば呆れながら見送っていると、くつくつとイゾウが笑った。

「…じゃあおれも適当にふらつかせてもらうとするかな。マルコ、付き合えよ。」
「わかったよい。」

短い会話を済ますとそのままこの場を離れようとするふたり。
まあこいつらは迷うなんてこともないから放っといても…いや、ちょっと待て!?

「お、おいお前ら…、っ!?」

突然首もとを掴まれ引っ張られた。
いきなりで何の反応もできなかったため、ひどく呼吸が乱される。

「げほっ…マルコ!何」
「サッチ」

服を掴んだままマルコが小さく、それでも怒ったようにおれを呼ぶ。
文句のひとつでも言ってやろうと思って開いた口はそのままだ。

「ちゃんとリードしてやれよい。わかったな?」

わけがわからなかった。
何で今、よりにもよってお前がそんなことを言う?
おれが呆気に取られている間におれを解放したマルコはイゾウと共にどこかへ行ってしまった。
そしてこの場に残ったのはおれと、

「…あの、」

後ろから声がかかる。
今までにこんな控えめな声で呼ばれたことがあっただろうか。
振り向くと、予想通り彼女はうつむいていた。
両手で小さな紙袋を握りしめている。

「…この前は」
「フィルちゃん」

遮ると彼女はやっとおれを見た。
彼女にこんな顔をさせてしまっているのはおれのせいなんだろう。
けど、今のおれにはこれ以上の言葉が思い浮かばないから。

「おれ、フィルちゃんと学園祭見てまわりてえな。すげえ楽しみにしてたんだ。…話なら、その後でちゃんと聞くから。」

これはおれの単なる我が儘になるのかもしれない。
少なくとも今は、その続きを言わないでほしいんだ。
おれの最後の言葉に彼女は戸惑いを見せた。
けれどゆっくりと、静かにうなづいてくれる。

「ありがと。…案内してくれる?」
「…はい。」

そう言った彼女の表情が少しでも晴れていたから、おれは笑っていられたんだと思う。
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