「マルコ!こういうことは先に教えろよ!」
「ケーキセットを三つ。おれとこいつはコーヒーで、彼女は…あー、紅茶でいいよい。」
「こら!無視すんな!」
(な、なななな何で…!?)

隣で抗議するその人をきれいに無視してマスターさんに注文をしていくマルコさん。
まさかマルコさんの知り合いがあの人だなんて思ってもいなくてただただ動揺する私を察してか、マルコさんは私の分の飲み物まで決めてくれた。

「とにかく座れよい。あとうるせえ。」

そう言いながらマルコさんがすごく面倒そうな表情でため息をつくので、頼むからその人をこれ以上刺激しないでくださいと心の中で訴える。
店の中ということもあってかマルコさんの隣へしぶしぶ座ったその人。
恐る恐る様子をうかがえばすごく気まずそうにするその人と目があってしまい、私は慌ててうつむいた。

「フィル、騙したみたいで悪かったよい。こいつの名前はサッチだ。」

ええ、悪いですよ騙されましたよ。
でもあなたのその表情、すごく楽しいですって言ってますよ。
本当はずっとうつむいていたいけど、紹介されて黙っているわけにもいかず私はおずおずと顔をあげて。

「ど、どうも…フィル、です。」

…あー、私のばか!
素っ気なさすぎだし愛想もないし…もっと違う言い方があったでしょ!?

「…おいサッチ、何か言わなきゃいけねえんだろ?」

座ってから黙り続けているその人にマルコさんは何故かいらつきを見せていて。

(い、いや!むしろ何か言わなきゃいけないのは私なんです!)

そうだよ、次に会ったら謝るって決めたんだ!
えっと…無視しちゃってすみません、お礼とか何にも言えなくてすみません…よし行け!

「あ、あの、」
「ごめん!!」

謝ろうとしていつもより少し大きめの声を出した私なんだけど、それよりも大きな声を出したその人に遮られた。
…ん?ごめん?
出足を完全にくじかれた私がふと疑問に思ってその人を見ると。

「本当ごめんな!?あれ食ったんだろ、大丈夫だったか!?本当はこいつかエースに食わせる予定だったんだけど間違えて渡しちまって…本当にわざとじゃねえから!菓子好きなのにあんなの食わせちまって本当にごめん!!」

…あ、あれ?何だか私の予定と違うぞ?
あのマフィン故意に渡したんじゃなかったの?
というかマルコさんとエースさんに渡す予定だったって…いや、エースさんて誰だ?
謝る予定が逆に謝り倒されてしまい、私の頭は混乱中。

「最初からあれ渡すつもりだったとかじゃねえから!それに」
「サッチ。フィルがついていけてねえよい。」

まだ言い続けるその人にストップをかけたのはマルコさん。
処理しきれていない私に気づいてくれたのだ。

「わ、悪い…。でも本当ごめんな?」

眉を下げてすごく申し訳なさそうにするその人。
私の様子をうかがうように上目づかいで謝る姿は、第一印象からでは想像もできないくらいにかわいく見える。
マフィンは結局間違えただけみたいだし、こんなに謝られると逆に申し訳なくなってきたのでもう大丈夫ですと声をかけようとしたら。

「フィル、味の感想を教えてやれよい。」
(!?こ、この人は…!)

この状況をひとり楽しんでいるマルコさんは私が許そうとしたのを知ってて言ってきたんだと思う。
言いたくないですと目で訴えるも、私がマルコさんに敵うはずもなく。

「…し、刺激的な味でした…。」

…ああ、本当ごめんなさい!
頼むからそんなにショックを受けないでください!
がーん、という効果音が付きそうなくらいにへこんでいるその人を見て罪悪感が出てくる。
なのに。

「フィル、違うだろ?オイシカッタって言って」
「マ、マルコさん!もういいです!!」

マルコさんがまだ追い討ちをかけようとするので私は慌てて阻止した。
くつくつ笑うマルコさんはもう見えないふりをして、すごく申し訳なさそうにうなだれているその人に向き直る。

「あ、あの…サッチ、さん?私気にしてないですから、大丈夫ですよ?」

そういえば…この人の名前を呼ぶのは初めてだ。
少し緊張しちゃったからたどたどしくなってしまった気がする。
私が伝えるとどうにか顔をあげてくれたその人はやっぱり元気がない。
けど、それでも笑ってくれて。

「…ありがと。あと怖がらせたみたいでごめんな?あの時は訳ありで眠くて…変に不安にならなくていいからな。」

優しい声と言葉に何だか安心する。
最初はどうなることかと思ったけど…ひとまず一件落着ということでいいのかな。
内心ほっとしていたところでちょうどマスターさんがやって来た。

「どうだ、話は終わったか?」

マスターさんのところまで話が聞こえてたと思うと何だか恥ずかしい。
にっ、と笑ったマスターさんが持ってきてくれたのはもちろんケーキ。

(チ、チーズケーキだ!本当おいしそう…!)

目の前に置かれてしまえば私のテンションが上がらないわけがない。
もう心配事もないし、思う存分ケーキを楽しむことができ…

「遠慮すんなよい。今日はこいつの奢りだ。」
(え!?)
「マルコおれ聞いてない。」
「決まってんだろい、今言ったからな。」
「いや、そういう意味じゃ」
「追加でシフォンケーキ三つ。」
「…って何しれっと追加しちゃってくれてんの!?」

…何だろう。
マルコさん、すごく楽しそう。
サッチさん、本当はすごく明るくて面白い人なのかも。
目の前で言い合いながら話を進めるふたりに置いていかれつつも、私がそんなことを思っていると。

「フィル、余裕だろ?」

マルコさんが急に私にふって来た。
い、いや、シフォンケーキも大好きだしケーキふたつくらいなら食べられますよ?
そうは思うけど…気になるのはサッチさん。
いくらなんでも初対面の人に奢ってもらうのは悪いし、その上ケーキふたつもなんて。
どう答えていいかわからずぐるぐる頭を巡らせる私に。

「…気にしなくていいって。これがお詫びなら足りねえくらいだから。」

まだ私へ謝罪し足りないのか少し眉が下がっているけど、その人はすごく優しい顔で笑う。

「ああ、確かに足りねえよい。」
「お前には言ってねえ!」

怖い人だと思っててごめんなさい。

「…フィル、ちゃん。ほら、食べようぜ?」

困ったように笑うサッチさんは私の中ではもう怖い人じゃなくて。
初めて名前を呼ばれたからか、私の返事は裏返ってしまった。
- ナノ -