「そういやジンベエが居酒屋始めたらしいよい。」
「本当か?魚の扱い上手かったからなーあの人。どこだよ、今度行こうぜ。」
「ああ。おれも行きてえし聞いとくよい。」

おれもサッチもちょうど外から帰ってきたところで一緒になった。
こいつのポリシーだとかいう髪型が少し崩れているのは今回の依頼で「ひと暴れ」してきたからだろうと思う。
崩れた髪を手直しするサッチと共にエレベーターが降りてくるのを待つこと数十秒。
中には利用者がいたようだ。

「お!ふたりともお疲れ!」

おれたちの姿を見ると歯を見せてエースが笑う。

「お疲れさん。」
「お疲れ。もう帰るのか?」
「おう!今日はルフィと一緒に飯食う約束してるからな!」

絶対に肉だと思ったのはおれだけじゃなくて隣にいるこいつもだろう。
まあ兄弟仲が良さそうで何よりだ。

「そっか。じゃあ早く帰ってやれよ。」
「ああ。そうだお前ら…いや、何でもねえ!また明日な!」

エースはやけに楽しそうな含み笑いをして颯爽と走り出す。
それをただただ見送るおれとサッチ。

「どうしたんだ?あいつ。」
「…さあ?」

ーー


「おっそーい!待ってたんだからね?」
「お疲れさん。」

おれたちが部屋に入ってきたことがわかるとハルタは回し遊んでいたらしい椅子を止めて立ち上がった。
イゾウはその横でパソコンをさわっていて、顔だけこちらに向けてくる。
…何だ?エースが言いたかったのはこいつらのことか?

「…お前らに待たれてるとか嫌な予感しかしねえ。」
「ひど!前も似たようなこと言わなかった?」

サッチはうんざりとした顔で手で追い払うような仕草をする。
どうせ彼女のことで今までに何度もからかわれているんだろう。
こいつらは人の色恋沙汰に首を突っ込みすぎだと思うが、サッチもサッチで本気で嫌がる様子を見せないからこうやって標的にされるのだろうし自業自得な気がしなくもない。

「気のせいだろ。で、何か用か。」
「あるある!マルコもほら、こっち来て。」

…何だ珍しい、てっきりサッチだけに用要りなんだと思っていたんだが。
サッチに続いてふたりに近づくと、ハルタが卓上に置いてあったカレンダーを手に取った。

「この日空いてる?というか空けといて、絶対だよ。」
「は?まあ今んとこ何も入ってねえと思うけど…。」
「わかったよい。…依頼か?」

それか飲みだな。
エースも含めてこいつらは本当に騒がしいことが好きだからな…まあおれもそれが嫌だというわけじゃないが。

「はっずれー。…これ見て!」

ハルタがそう言いながら操作したパソコンのディスプレイにはとあるホームページが映し出された。
これは…何だ、学園祭?一体どこの…

「嬢ちゃんの通ってる大学で学園祭があるんだと。」
「へえ、面白そうだねい。」
「でしょ?みんなで行こうよ!エースもさっき誘ったしさ!」
「……よ。」

それはとても小さな声。
サッチのすぐそばにいたおれでも届くか届かないかぎりぎりのところだった。

「サッチ何か言った?」
「いや?それよりも…おい、」

その続きは察しろとでもいうように口をつぐむサッチ。
その代わり気まずそうな視線をおれに向ける。

「ああ、おれかい。何なら外すが。」

そういえば…こいつはおれといる時はフィルの話題を避けていた気がする。
それにこの四人の時にフィルの名前が出るのは初めてじゃないだろうか。
ハルタとイゾウも味方するって明言してるからか?気をつかってるのか単に恥ずかしいだけなのかは知らねえが…相変わらず変なところで面倒くせえやつだな、こいつは。
…もういっそ言ってしまおうか。
そう思っておい、と声を出そうとしたときだ。

「だってマルコもサッチもお互い知ってるんでしょ?だったらもうよくない?マルコだけ誘わないのも変だし。」
「…いや、そりゃそうだけどな…」
「いい加減さあ、どーんとかまえられないの?誰かさんみたいに。」

くすくすとハルタが笑う。
声に出してはいないがイゾウも同じような反応をしているんだと思う。
言葉に詰まったサッチの視線を感じたので見返してやると心底うんざりしたようなため息をつかれた。
自己嫌悪でもしているんだろう。
まったく、言おうと思っていたことも言えなくなったし…こいつがさらに面倒くさくなったらどうしてくれるんだ?

「いきなり行ってびっくりさせるのもいいけど…やっぱり連絡しといた方がいいよね。フィルの空いてる時間も知りたいし。」

サッチがおとなしくなったのを見て話が続けられる。
まあそれがいいだろうな。
連絡をせずに行ってもし彼女が仕事中なら迷惑がかかるし、彼女の性格からして余計な混乱までさせてしまいそうだ。
黙って行くなんてことを言うかと思ったが…それくらいの配慮はさすがにするか。
そう思って少し安心していると、携帯を操作しかけていたハルタの手が突然止まって。

「サッチ、する?」
「…お前がしねえのかよ。」

何だか妙だと思った。
先ほどの反発や照れ隠しの類いに見えなくもないが…上手くは言えない違和感が残るのだ。
そう感じたのはおれだけじゃなかったらしい。

「あれ?しないの?」
「こいつは。」

心底不思議そうに返すハルタにサッチは冷めた表情でおれを指し示す。
おれに遠慮してるのか?それかおれたちの前で連絡とるのが嫌なのか。
どちらもあり得なくはないが…どうにも様子がおかしいな、さっきから。

「おれはいい。お前に譲ってやるよい。」
「ほら、こう言ってくれてるし。」

しない?と再度ハルタが問うも、サッチの表情に変化は見られない。

「おれは彼女の大学知らねえことになってるからな。なのに学園祭のこと知ってたらおかしいだろ。」

理由としては成り立つが…それだけでは弱い気もする。
そんなことをいちいち気にするようなやつだったか?こいつは。
…おれの考えすぎなんだろうか。

「あ、そっか。でもぼくから聞いたことにすればいいじゃんか。」
「怪しまれたくねえの。そんなわけでおれはパス。」
「なーんだ、つまんないの。」

生電話聞けるかと思ったのに。
そうこぼしながら携帯を操作し始めたハルタを見はするものの、おれの頭の中ではサッチの呟いた言葉が繰り返されていた。
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