「おれはグーをだすよい。」
「ぼくも最初はグーかな。」
「奇遇だな、実はおれもなんだ。」

高々と宣言をしたマルコさんに続いて、ハルタさんとサッチさんもしたり顔で同じ宣言をする。
そうしたらエースが心底驚いたようにこう言ったんだ。

「お、お前ら本当か?お前らがそうくるなら……悪いなお前ら!この勝負おれがもらったぞ!」

わー、なんて高度な心理戦なんだー(棒)。
というかエース、それだとイゾウさんが入ってないから勝ちが決まった訳じゃないよ…。

「くくっ…エース、あいつらの宣言が本当とは限らねえぜ?混乱させようって腹だからな。」
「そうなのか!?…危ねえ、もう少しで引っかかるとこだったぜ。」

…汗をぬぐうポーズをするエースを見ていると悪い人に引っ掛かったりしないかと心配になる。

「あーあ、つまんないの。」
「おれが違う手出しゃ結局同じだろうが。」
「勝負は正々堂々と、だな!」
「いや、エースもエースで信じるなよい。」

ここにいる人たちはみんな働いているから、欲しいものの大半は自分で手に入れることができるんだと思う。
そんな人たちが高度な心理戦()を繰り広げてまで求めるもの…それは…!

「お前らそろそろいいか?勝ったやつが最後のクッキー獲得だからな!」
「「「「おー(!)」」」」

…楽しそうだなこの人たち。
けど嬉しいような恥ずかしいような…複雑な心境とはまさにこのこと。
ちなみに私はつくった本人だから参加権はないらしく、勝負がつくまで優勝商品を守る係だ。

「じゃあフィル、お願いね。」
「、はい。えと…じゃあいきますよ?」

私がうかがうと腕捲りをする人、念を込めるような仕草をする人、いたって普通に手を出す人…といった具合にみんな違った方法で用意をし始めた。
やることはじゃんけんなのに場の空気が妙に真剣で何だか可笑しい。

「さいしょはグー、じゃーんけーん」

ぽん。

掛け声と同時に空中には開いた状態の手がきれいに揃った。
…ただひとつを除いて。

「…ああ、おれの勝ちか。」

勝ったのはイゾウさん。
自分に視線が集まっていることを感じてようやく勝ったことに気づいたみたい。
ま、まあイゾウさんの参戦理由はその場の流れでみたいなものだったし…

「あー!負けたー!」
「マジか、お前かよ…。」
「一発で決まっちまったか。つまんねえよい。」
「さ、最初にチョキ出す人ってひねくれてるんだよ!」
「悪いなお前ら。まあツキがあったんだろ。」

イゾウさんは周りのブーイングを受け流しながら立ち上がると、空いたビール瓶やお酒の缶を持ちドアの方へと向かう。
それを見て少し悔しそうな顔をしたエースが口を尖らせた。

「イゾーウ、食わねえならおれがもらうぞ?」
「ああ、そういやそうだったな。…嬢ちゃん」

イゾウさんは続きを喋らない。
その代わりに口を少し開けて私を見てきた。
…え、ええと?まさかとは思いますが……

「…ちょ!ちょっとイゾウだめだからね!?それ反則!ルール違反!」
「お前…勝ったからっていい気になるなよい。」
「何だ?どうした?」
「イゾウ待て、やめろ、つーか絶対許さねえ。」
「負け犬どもは黙ってな。」

イゾウさんはそう言って一蹴、すたすたと歩いて私の目の前まで来るとそのまましゃがんだ。
ちょうど目線は同じ高さ。
イゾウさんは何か言いた気に、けれど何も言わずにじっと見てくる。

「えと、いぞうさん、」
「手ェ塞がっちまっててな。頼む。」

両の手に持った荷物をひょいとあげて見せながらそんなことを平然と言う。
どんな行動を求められているか理解してしまった今の私は間違いなく赤い顔をしているだろう。
友だちなら跳んで喜びそうな状況なんだろうけど…あいにく私はこんなきれいな人とずっと目を合わせていられるほどの精神力はない。
耐えきれずに視線をそらし、ぎこちない動きで物を差し出した。
恥ずかしくて手が震えている気がするけどそこは見なかったことにして欲しい。
長いのか短いのか分からない間のあと、指先のわずかな重みが消えて。
周りからは叫び声のようなものに混じって「ああ、そういうことか」なんて今ごろ納得したエースの声。

「ごちそうさん。」

私にそう告げたイゾウさんは、まるで何もなかったかのようにひとり部屋を出ていった。
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