あの日から一週間と一日が過ぎて、ついにやって来た約束の日。
大分前に出掛ける準備は終わってしまった私は部屋で雑誌を見ながら時間をつぶすけど、そわそわしちゃって読んだ気にならない。
そうこうしていたらすぐ側に置いていた携帯が鳴り出した。

「うわ!き、来た…!」

相手は先週に偶然知り合ったマルコさん。
あと十五分ほどで着く、といった内容のメールだ。
年上で優しくて格好よくて…あんな素敵な人と知り合いになるなんて今まで始めてのこと。
こうしてメールすることさえも緊張しているのに、このあと車なんかに乗せてもらったら私の心臓は持たない気がする。

「わかりました、ありがとうございます…っと。」

打つ文章を声に出してしまうのはきっと緊張しているのと、今日のイベントが楽しみなせい。
携帯でマルコさんとやり取りをしていると、ふと先週のことを思い出す。
連絡先を交換するってなったんだけど、そんなときマルコさんが少し恥ずかしそうにしながら赤外線操作の仕方がわからないと言ってきて。
マルコさんはパソコンとか機械系もすごく得意そうに見えるけど…意外にも苦手らしくて携帯の操作もその例外じゃなかったみたい。
私も機械系はそんなに得意な方じゃないんだけど、どうにか教えて無事交換することができた。
そんなことを思い出して誰にでも得意不得意があるって本当なんだなとひとり納得していたら約束の時間が迫っていたので、マンション近くの見つけやすいであろう場所で待つことにした。
しばらくすると黒色の車に乗ったマルコさんが迎えに来てくれて。

「ようフィル。待たせたな。」
「ま、待ってないです!マルコさん、わざわざすみません。」

前と違って今日は少しカジュアルな服装のマルコさん。
でもすごく似合っていて、この人は何でも着こなしそうだななんて思う。

「気にすんな。ほら、乗れよい。」

促されるまま助手席に座った私だったけど、もう緊張しすぎてどうしたらいいかわからない。
何だかそわそわするし、前あんなことがあったから下手にマルコさんの方を見れないしで…ドライブを楽しむ余裕なんて無いに等しいのだ。
そんな私の緊張っぷりが伝わったのかマルコさんがくつくつと喉を鳴らして。

「くくっ、そんな緊張しなくていいよい。」
「し、しますよ!私こういうの初めてなんですから…。」

ばれてしまったのは恥ずかしいけど、でも仕方がない。
男の人とドライブなんて父親とを除けば今回が初めてなのだ。
私は誰かと付き合ったことなんてないから男の人とふたりで出掛けるなんてことも初めてなので、その分緊張もひどい。
一方のマルコさんはそういった様子の欠片もなくて、これが大人の余裕なのかなと羨ましく思う。

「そうかい。初めてがおれとになっちまって悪かったな。」

そう言われて慌てて否定する私の顔はきっと赤い。
そんな私にマルコさんはまた笑うし、これは一生かかっても敵いそうにないなと思う。
でもそんなマルコさんと話すのはやっぱり楽しくて、会話もそれなりに弾んで。
そうこうしていたらお店に着いたらしく、お礼を言って車からおりる。

(わ、かわいいお店…!)

ログハウス調のおしゃれなお店。
入る前からわくわくしているのが伝わったのか、マルコさんが少し楽しそうにドアを開けてくれた。

「いらっしゃい。よう、マルコ。」

入るなりマスターさんらしい人の声。
マルコさんも片手をあげて挨拶してるから、きっと常連さんなんだと解釈する。
さっきの人が私の方を見たので慌てて私も頭を下げた。
すると。

「お。お前、やっと彼女つくる気になったのか?」

マスターさんが予想外の一言を投下して。
私なんかをマルコさんのか、かか…彼女扱いにしたらマルコさんに失礼ですよ!

「あっ、いや!ちが」
「ああ。」
(はい!?)

説明しようとしたそばから隣にいたマルコさんが平気な顔でさらりと肯定するものだから、思わずマルコさんを凝視してしまった。
ひとり慌てている私を置いてふたりの会話はどんどん進む。

「いつからだ?」
「一週間前だよい。」
「つい最近じゃねえか。ずいぶん歳の離れた子に手ぇ出したな!」
「悪いか?」
「いいや、似合って…と、そろそろ止めとくか。嬢ちゃんに嫌われちまう。」

ごめんな、と申し訳なさそうに笑って謝るマスターさんに少し焦って返事をする。
一方マルコさんは喉を鳴らして笑っていて、私の反応を楽しんでいるみたいだった。

「…マルコさんって結構なSですよね。」
「悪かった。」

ぽつりと、でもちゃんと聞こえるように言えば、ああ面白いとばかりにくつくつ笑って返される。

(絶対思ってな…、あれ?)

案内されたテーブルは四人がけの席。
それはいいんだけど…でも上に置いてある物の数が変。
テーブルの上にはメニュー表やお手拭きなどがどう見ても三人分用意されている。

「どうかしたかよい?」

不思議に思っていたのが顔に出ていたらしい。
誰か来るんですかと私がきくとマルコさんは申し訳なさそうな顔をしたけど、すぐもとの表情に戻った。

「ああ。フィルに会ってほしいやつがいるんだよい。」
「マルコさんの知り合いですか?」
「…困るか?」

きれいな表情でそんなことを言われたらたとえ困っていてもはい、なんて言える人はいないんじゃないかと思う私は慌てて大丈夫ですと返す。
もう少しで来るから待っていてくれとのことなので、マルコさんに今から来るその人についていくつか聞いてみることに。
聞いてみるとその人は男の人で、マルコさんとは古くから付き合いがある友人らしい。
腐れ縁だと言って苦笑していたけど、そんなことを言いつつ優しい顔をしていたからきっとすごく仲のいい人なんだと想像できた。
でもマルコさんといるだけでも緊張するのにさらに初対面の人と出会うなんてどうしたらいいんだろうと構えてしまう。
そんな私に気づいたのか、マルコさんはその人が喋ってくれるだろうから楽にしていろと言ってくれたので少し落ち着くことができたんだ。
けど。

「それからフィル、お前も知ってるやつだよい。」

え?と反射的にマルコさんを見ると、案の定にやりと笑っている。
何だか嫌な予感がするなと直感的に思ったそのとき。

「マルコ、待たせて悪い!急に仕事の……あああっ!!?」
「!、え?」

遅れてやって来たその人らしき人物が私を見るなり盛大に驚きを示したので、その反応に私までびっくりしてしまった。
でもおかしい。
私の知り合いだと言われていたけど、この人とは会った記憶がさっぱりない。

「お、おいマルコ!聞いてねえぞ!?」
「言ったよい。おれの知り合いだってな。」

私とマルコさんを交互に見ながらすごく焦ったように抗議しているその人に対してマルコさんは至極冷静に、でもすごく悪いことを考えていそうな顔をして笑っている。
今だにこの人が誰かわからずひとりぽかんとしている私を見かねて、マルコさんが一言。

「サッチ、今日はリーゼントじゃねえのか。」

一瞬置いたあとに驚きの声をあげる私を見て、マルコさんは今日一番の楽しそうな顔をした。
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