「いらっしゃい。」

部屋に入ると中にいた三人が一斉に私を見る。
少しだけ構えてしまったけど、マルコさんが緩く笑って声をかけてくれた。

「こんにちは、お邪魔します。」
「ようフィル、腹減ってるか?」
「うん、…これって全部イゾウさんが?」
「そうだぜ。すげえうまいからほら、フィルもこっち座れよ。」

手招きされた場所はエースの隣の席で、ハルタさんはその斜め前。
いつもスーツ姿しか見たことがなかったから緑のチェックシャツにジーンズのハルタさんは新鮮で少しどきりとしつつも、頭を下げて挨拶をする。
すると。

「久しぶり。サッチとのデート、楽しかった?」
「へっ!?」

挨拶もそこそこにハルタさんがとんでもないことを言ってきた。
デートって…そんなんじゃないですから!

「フィル、サッチと付き合ってたのか?それならそうと早く教えてくれりゃあよかっ」
「!ち、ちちちがうから!一緒に買い物行ってただけだって!」

ふたりして楽しそうな顔。
この顔は本当のことを知っててからかってる顔だ、絶対そうだ。
何でふたりは私がサッチさんと出掛けてたことを知ってるんだろうという疑問が浮かぶけど答えは簡単、私の目の前に座って知らん顔してる人がきっと余計なことを言ったからだ。

「…マルコさん、どんな言い方したんですか、」
「何のことだかさっぱりだよい。」

私には見えるんです、しれっと言い放つマルコさんの顔に「私がやりました」っていう文字が書いてあるのが見えるんですよ。
じいっと目で訴えていると、隣のエースが真剣な顔をして何かを探すような仕草をし始めた。

「エース、どうかした?」
「何かうまそうなにおいがする。」

くんくんと鼻を動かすエースに少しだけ驚く。
焼きたてでもないのにわかるなんてさすがとしか言いようがない。

「じ、実は今日クッキー焼いてきたんだ。みんな食べるかなって…」
「本当か!?食う食う!」
「わーい!フィルの手づくりだ!」

自慢できるようなものじゃないから少し恥ずかしいけど、こうやって喜んでもらえるとすごく嬉しい。
…サッチさんはいつもこんな気持ちなのかなあ。

「フィルも料理できるんだねい。」
「!で、出来ますよ一応!」
「こーらマルコ、失礼なこと言うなっての。それにすっげえうまかったし。」

からかってきたマルコさんにすかさず言い返す。
そんな私の味方をしてくれたのはサッチさんだ。

「え、サッチ食べたの!?」
「ふふん、フィルちゃんがトクベツに味見させてくれたんだよ。」
「サッチだけずりいぞ!」
「そうだよ、サッチのくせに!」
「おーおー、何とでも言いやがれってんだ。」
「さっさと座れよい。」
「お?何だ、マルコも羨ましいか?」
「どうせ『今食いてえ』ってオーラ出してたんだろい。」
「あ、それっぽい。」
「フィルに気をつかわせるとか…サッチひでえな。」
「!そ、そんなんじゃねえっての!あれはフィルちゃんの純粋な好意で…」

もともと静かではなかったけど、サッチさんが入ったリビングは賑やかさを増す。
見ているだけでも楽しい光景だ。

「騒がしくて悪いな。」

いつ入ってきたんだろう。
かけられた声に振り向くと、イゾウさんが割烹着を脱ぎながら私の近くに座った。

「い、いえ。楽しそうでいいなって思います。」
「そうかい。」

こいつらはいつもこうなんだ。
くつくつと笑ってそう教えてくれるイゾウさんは何だか楽しそう。
イゾウさんとこんなに近くで喋るのは初めてだなあと思いつつ、目の前の整った顔立ちに少しどきどきする。

「腹減ってんだろ?遠慮せずに食ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「ああ、だし巻きも焼いたんだ。食うかい?」
「!い、いただきます!」

きっと目が輝いていたんだろう。
イゾウさんが軽く笑いながらだし巻き玉子を取り皿に乗せて渡してくれた。
や、やっぱり誰かから聞いたのかな、私が玉子焼き好きなこと…。
少し恥ずかしく思いながらもぱくりと一口。
…すごくおいしいですイゾウさん!

「どうだい、口に合ったか?」
「は、はい!すごくおいしいです!」
「そりゃあよかった。」

隣のやつに食べられねえうちに早く食っちまえとすすめてくれるイゾウさんに笑いながら返事をする。
サッチさんの料理が優しい味ならイゾウさんの料理は繊細な味だなあなんて考えていた私には、とある人が私たちのやり取りをじっと見ていただなんて気づきもしなかった。
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