「や、やっぱり黄色の方がよかったですか?」

買い物を終えてマルコの家に向かう途中、不安そうな面持ちで彼女が訊いてきた。
小難しい顔をしながらも彼女が選んでくれたのは、何の装飾も柄もない深い緑色をしたもの。
聞くと、最後まで黄色と迷っていたそうだが彼女なりに合わせやすさや使いやすさを考慮してくれた末、この色に決めたようだ。

「んなことねえって。この色、おれも好きだぜ。」

左手で紙袋から取り出して示すと、安堵のため息がはっきりと聞こえてきて内心苦笑する。
主に休日に使うだけなので言ってしまえば何色でも良かったわけだが、この色はおれも結構好きで。
そうでなくても彼女が色々と考えて選んでくれたんだ、嬉しくないわけがない。

「なあなあ、」
「?はい。」
「どお?似合ってる?」

ちょうど信号待ち。
ミラーを利用してさっと着けて見せれば、言葉に詰まった彼女が代わりにこくこくとうなずく。
目が合わないのは悪い理由からじゃないだろう。

「ひひっ、ありがと。」

少しも疑わずに着いてきてくれた彼女には悪いが、ひとりじゃ店に入りにくいなんてのは一緒に出掛けるための口実。
前回ならまだしも、今日のような店ならひとりで入ることくらい何の抵抗もない。
まあちょーっと店員とのお喋りが過ぎたせいで変に感じちまったかもしれねえな…。
自分の行動を反省しつつ、朝からずっと気になっていた彼女の持ち物をちらりと見る。
いつも鞄ひとつだけなのに今日は紙袋も一緒。
何が入ってるかなんて本人だけが知っていればいいんだろうが…ちょっと、いや大分気になる。

「…なあフィルちゃん、ひとつ訊いていい?」
「え?ど、どうぞ?」
「それ、ずっと大事そうに持ってるだろ?何かなーって。」
「!あっ、その、」

…訊いたのまずかった?
わたわたと焦り始めた彼女におれも少し動揺するも、こういうとこもかわいいよなあなんて余計なことを思う。

「ああ、ちょっと気になっただけだから別に」
「い、いえ!実は今日…クッキーをつくってきたんです、けど、」
「え!」
「その、サッチさんにはいつももらってばっかりだから何か返そうかなって思って、そ、それに多めにつくったらみなさん食べるかなって…」

そりゃもう予想外。
おれは普段つくる側だし、おれの好意でやっていることなので返しなんてものは考えてもみなかった。
しかも手づくりだぜ?

「フィルちゃん、すっげえ嬉しい。」
「!で、でも私サッチさんみたいに上手くないから」
「そういうのは関係ねえの。あー早く食べてえ。」
「…た、食べますか?今。」
「!」

その時が楽しみで思わず顔が緩んだおれに嬉しい一言。
しかもあいつらより先に食べられるんだ、喜びも倍増するに決まってる。

「マジ?フィルちゃん最高!」
「!そ、そんなに期待しないでくださいよ…?」

ーー


味はおれの期待通り。
おいしいと言ったおれを最初は疑っていた彼女だったが、その後も同じ感想を述べながらクッキーを口に放り込むおれの姿を嬉しそうに眺めていた。
…腕前もそうなんだが、誰がつくったかってのも重要だよな。

「おーい、来たぞー。」

あっという間にマルコの家に到着。
呼び鈴を鳴らしてしばらく待つとドアが開く。
出てきたのは今日の料理担当者。

「こ、こんにちは…。」

話には聞いていてもやっぱり想像できなかったらしく、彼女は呆気に取られたような顔をしている。
まあこの顔立ちで割烹着選ぶなんて普通は思わねえよなあ。

「よう嬢ちゃん。早く上がりな、先に始めてるぜ。」
「、はい。お邪魔します。」

そう頭を下げて賑やかな(というより騒がしい)部屋へと向かう彼女におれも続こうとしたのだが、突然イゾウに呼び止められる。
同じく立ち止まった彼女に先に行くよう促すと、ちらりと振り返っておれたちを気にしつつも部屋へ入っていった。
初めてじゃないとはいえ中にいるのは自分よりも歳上の男ばかりだ、抵抗が全くないわけじゃないんだろう。

「サッチさん…一緒に入ってほしかったな。」

これが彼女の言葉ならどんなにいいか。
知った野郎の声で聞かされても嬉しくも何ともねえ。

「似てねえし気色悪いから。…で、何だよ。」
「頭のそれ、嬢ちゃんの見立てかい?」

マルコはおれと彼女が今まで一緒にいたことを知っているらしいから、こいつらにも伝わっている可能性も考えてはいた。
けど、会って早々言い当てられるのは想定外。

「もう少しゆっくりしてこりゃあよかったのに。」
「…余計なお世話だっての。」

何だか気恥ずかしくなって視線を外すと、くつくつと笑われる。
彼女が今日の集まりも楽しみにしてたっぽいから当初の予定よりも早めに来たってのは絶対に言わねえ。

「ああそうそう、」
「まだ何かあんのか?」
「エースもお前を応援するそうだ。」

一瞬意味がわからなくて問い返そうとしたが、すぐ答えに行き着いた。
…おいおい、おれのいない間に何話したんだ?

「あーもー…何で教えてんだよ。」
「まあ話の流れでな。いいじゃねえか、味方してくれんだから。」

話の流れって…だから何話したんだっての。
言葉通りあいつなら精一杯応援してくれるだろうけど、まあ強いてエースに知られて困ることを挙げるとするなら彼女にバレないようにできるか不安ってことくらいか。
…けどよォ、教えんの今日じゃなくてもよかっただろ?

「ほら、そんなとこ突っ立ってねえで早く入りな。」

愉しそうに笑って背を向けたイゾウに深いため息が出た。
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