「え?イゾウさんがつくるんですか?」
「今日はおれが間に合わねえからな。まああいつも気分が乗った時しかしねえけど。」

今日のサッチさんは珍しいことに髪を下ろしていて、いつもとは違う雰囲気にどきどきしてしまったことは内緒。
少し早めのお昼を済ませてそこから車で走ること数十分、着いた先は大きなショッピングモールだ。
結局教えてくれなかったけど…ここに来たってことは何か買うってことでいいのかなあ。

「料理は普通に上手いからいいんだけどさ…あいつ変なこだわりがあんだよ。」
「…ポリシーみたいな感じですか?」
「そ。料理するときは絶対割烹着だっつって譲らねえんだぜ?マルコの家にはねえから持参して来るだろうな。」

…イ、イゾウさんが割烹着って全然イメージがないや。
スーツ姿しか見たことなかったからどっちかっていうとエプロン自体着けなさそうだけど、本当は古風な人なのかも。

「で、目的の場所はあそこ。」

でもやっぱり想像しにくいなあなんて考えていたらサッチさんに視線でとある場所を示された…んだけどあ、あれ?それっぽいお店が見当たらない。
あるのは服屋さんに靴屋さん、それからアクセサリー雑貨のお店。
確かにどのお店も女の人ばっかりだけど…

「…ど、どれですか?」
「あー、やっぱり?」

私が戸惑うことを予想していたらしく苦笑いを浮かべてサッチさんは正解のお店へと歩いていく。

「前使ってたの割れちまってさ、新しいの欲しかったんだよなー。」

あると楽なんだよ、なんて呟くサッチさんの目の前にはずらりと並ぶカチューシャ。
そっか!サッチさん前に着けてたことあったもんね!

「よかったら着けてみてくださいね。」

ぱっと振り向くと、きれいな店員さんが私を見ながらにっこり笑っている。
…ふ、普通は私が買いに来たって思っちゃうよね。

「あ、あの、」
「ありがと。」

上手く返せなかった私とは正反対。
自然な笑顔でそう返したサッチさんは「実はおれの買い物なんだ」と付け加えつつ店員さんと会話を始めた。
私はこういう時、変に緊張しちゃって上手く喋れないんだ。
サッチさんすごいなあ。
そんなことを思いつつも、楽しげに会話するふたりを眺めているとほんの少し置いていかれたような気持ちになってくる。

(…おかしいよね、こんなの。)

自然に、自然にしなくちゃ。
このままふたりを見ていたらもっともやもやしてしまいそうだったので、商品を眺めるふりをする。
そんな私の耳に入ってくるのはサッチさんの弾んだ声に、店員さんの笑う声。
…サッチさん、どうして私に着いてきてほしいだなんて言ったのかなあ。
今だって店員さんと楽しそうに話してるし、サッチさんならひとりでも来れる気がするんだ。
着いていきたくなかったとかそういうことじゃない。
だって今日はすごく楽しみだったし、クッキーも上手く焼けたから早く渡したくて朝からうずうずしてたんだ。

「気になるものありました?最近は白色のものがよく出てますけど…」

いつの間にか話題は商品のことに。
今はこんな余計なこと考えてちゃだめだよね。
そう気分を一新しかけたところで、私の両肩に大きな手が乗せられて。

「おねーさんごめんな。おれ、今日はこの子に選んでもらうから。」
「え!?」
「ふふ、そうでしたか。」

がんばってね。
店員さんはそう言って片目をぱちりとつむると、他のお客さんのところへ行ってしまった。

「サッチさん、そんなの聞いてないです!」
「だって今言ったからな。」
「そ、そうじゃなくて!私なんかに任せちゃだめですよ、そういうのはもっとセンスのある人に」
「フィルちゃんもセンスいいと思うぜ?今日の格好だってかわいいし。」

お世辞だってわかっているのにどきどきして顔が熱くなる。
メールもだし時々そうなんだけど…こういうことを自然に挟んでくるサッチさんは本当にずるいと思う。

「なあ、だめ?どーしても?」

そんなに困った顔をされてしまうと嫌だなんて言えなくて。
控えめに「わかりました」と伝えた途端、すごく嬉しそうに笑ったサッチさんにまた心臓が騒いだ。

「…ど、どういうのがいいとかありますか?」
「そうだなー、フィルちゃんが『おれに似合う』って思うの選んでよ。」

そ、それ全然答えになってないんですけど…!

「じ、じゃあ好きな色とか」
「さあね、何色でしょう。」
「!どういう雰囲気のものが好きとか」
「さあ?どんなのが好きだと思う?」

こ、答える気ゼロだ…!
ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないですか、だって私が選んでいいっていっても着けるのはサッチさんなんだし、だったらサッチさんの好みに近いものを選ぶ方が絶対、絶対いいと思うんですよ。
なのに…

「あ、おれがいると選びにくいか。じゃあ適当に見てるから決まったら呼んでくれよ。」
「えっ!あの、サッチさ」
「ひひっ、楽しみにしてる。」

ああ、もう絶対ヒントも何もくれない気なんですね…。
がっくりとうなだれる私とは対照的にとってもご機嫌な様子のサッチさんはくるりと私に背を向けて店内の散策に向かってしまった。
…し、仕方ない、こうなったら本気で選ばないと!
柄はない方が使いやすそうだしそれでいくとして…問題は色だ。
私の中のサッチさんって黄色とか明るい色のイメージなんだけど、あまり明るすぎると使いにくかったりするかもしれない。
でもサッチさんなら明るい色だけじゃなくてどんな色でも使いこなしちゃいそうだから不思議だよね。
…何色がいいかなあ。
そう思ってサッチさんの方を見れば、偶然サッチさんも私の方を見ていて。
まさか目が合うなんて思っていなくて内心慌てる私にサッチさんがくしゃりと笑うから、反射的に視線をそらしてしまった。

(そ、それは反則です…!)

落ち着くまで大分時間がかかりそうだ。
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