フィルです。
色々と悩んだけれど、今日は勇気を出してサッチさんのお店に突撃しました。
だってメールでなんか恥ずかしくって訊けないよ…!
結果マルコさんとエースはいなかったけど、でも運の良いことにサッチさんとハルタさんとイゾウさんには会うことが出来たんです!
あと、ビスタさんっていう新しい人にも出会いました。
お嬢さんって言われたときにはびっくりしたけど…ビスタさんはシルクハットも髭もある私の中の英国紳士のイメージそのまま表したような人です。
ま、まあステッキはなかったし体格もがっちりしてたという所はありますが、でも優しくて所作が優雅だなあって思います。
あ!あと料理!
今日はジョズさんが担当の日らしかったんですが、そのジョズさんの料理がものすごく美味しいんです!
野菜たっぷりで盛り付けも彩りもきれいで優しい味で…女の人でもぱくぱく食べることができちゃいます。
料理は美味しいし、言いたいこともちゃんと言えたし、あとは皆さんのことを聞くだけなんですが…

「ぼくは二十五歳だよ。じっとしてるよりも動き回ってる方が好きかな。好みのタイプはからかいがいのあるコかなあ、…フィルとかね。」
「へっ!?」
「こんな感じでいい?はい、次イゾウね。」
「…二十八。特技は対象の観察と分析、それと情報収集。好みのタイプねェ…、おれの価値観をぶっ壊せるような面白い女だな。」
「……」
「ビスタ。」
「おれもか?では…ビスタ、四十二だ。特技というほどじゃないが…ソムリエの真似事が出来るぞ。」
「くくっ、あれが真似事ねェ…。」
「そうだよ、プロも顔負けなのに。」
「お前たちにそう言ってもらえるのは光栄だな。お嬢さんはまだ未成年だったかな?どれ、成人したらひとつ見繕ってあげよう。」
「あ、ありがとうございます…。」

私の発言により始まった簡単な自己紹介タイム。
ハルタさんってエースと同じくらいだと思ってたけど(意外と)歳上だったことに驚き、どう反応していいかわからない発言のおかげで私の中でイゾウさんがさらに謎な人として位置付けられることになり、ソムリエだなんてますますイメージ通りなビスタさんにお礼を言う。

(で、でも聞きたいことはこれだけじゃないんだよ…!)

どうやって話を切り出そうかと悩む私の目に入ったのは他のお客さんの指に光る、とある物。
そうだ、指輪!
結婚してるなら左手の薬指にあるはずだし、彼女さんがいる場合でもお揃いでつけてるってこともあるもんね。
そう思ってちらりとうかがったんだけど…あれ?
どの人の指にもそれらしきものがない。
サッチさんは料理してるから外しちゃってるだけかもしれないし、男の人で装飾品が苦手な人もいるからわからないけど…困ったなあ、じゃあどうやって訊こ…

「どうかした?」

お得意の表情のハルタさん。
こ、この顔されるとごまかしきれる自信が…!

「!えっと、」
「手ェ見てたな。何かあるのか?」

イゾウさん!?
わざわざこんな場面で特技披露していただかなくても…!

「い、いえ、」
「歳上だからといって気をつかうことはない。どうかしたかな?」

お、追い込まれた…。
ごまかす時間さえもないままに喋らせる方向に持っていくなんてマルコさんを思い出すよ。
仕方ないし…こうなったら覚悟を決めるしかないよね。

「…ち、ちなみにですよ?」
「うん。」
「皆さんって、あの…ご結婚とか…」

次の瞬間。
私の左隣の人はくるりと伸びた髭をいじり出し、右隣の人は苦笑し、その隣の人はカウンター越しにいるお仕事真っ最中な人が落としたグラスを気にして大丈夫かと声をかける。

「ご、ごめんなさいっ!気に障り」
「違うちがう、大丈夫だよ。」

可笑しそうに笑うハルタさんの言葉は嘘じゃないみたい。
そ、そうだ!サッチさんは…!

「ごめんな、びっくりしたろ。」
「あの、怪我とか、」
「してねえしてねえ、ダイジョーブだから。」

手をひらひらと振って無事をアピールするサッチさんなんだけど、何だかいつもの笑顔とちがう気がする…!
や、やっぱり失礼だったかなあ…それに仕事中だったし近くで話してたのも良くなかったのかも…。
思い返して反省していると、その様子を見ていたらしいハルタさんがくすくすと肩を揺らす。

「結婚どころか、する相手もいないから。」

笑い話をするみたいな言い方。
他のふたりも可笑しそうに笑っていて、イゾウさんからは「その方がいろいろと都合がいいんだよ」と言われてしまった。
い、いろいろって…その言葉に何だか人生経験の差を感じちゃうよ…。

「意外だった?でもみんなそうだよ。エースとマルコもね。」

ーー


「時間、大丈夫なのか。」

話が途切れることはなく、楽しい時間はあっという間。
イゾウさんに言われて時計を見ると、明日のことを考えればそろそろ帰った方がいい時間だった。

「遅くまで付き合わせてしまってすまなかったな。」
「いえ、すごく楽しかったです。」
「家まで送ってあげるよ、サッチが。」

聞き返す声がふたつ。
もちろん私と名前が挙がった人だ。

「…だ、大丈夫です、帰れますよ?それにサッチさんって仕事中なんじゃ…」
「暗いし危ないよ。ジョズ、もういいよね?」

空いたテーブルを片付けていたジョズさんがこくりとうなづく。
それを見た私の周りの三人は今日は楽しかっただとか忘れ物に気を付けろだとか、そんなことを言ってくれた。
一方のサッチさんはといえば拒否を示すことはしなかったけど、本人を置き去りにとんとんと話が進んでいくのを見て何か思ったのか、最初に言い出したハルタさんをじとりと見る。
すると、ハルタさんはにっこりお得意の顔。

「ぼくら飲酒運転になっちゃうから。それにせっかくフィルが来てくれたのにサッチったら少しも相手しないし。」
「ハルタの言う通りだな。VIPと話をするのも」
「仕事のうちのひとつ、…ってな。」

息ぴったりな三人を前に、サッチさんは何か言いたげにひくりと頬をひきつらせた。
や…やっぱり迷惑だったよね!?それに私VIPとかじゃないし!
…うん、ここは自分で帰ろう!

「フィルちゃん、」

決意した直後に声をかけられる。
ぱちりと目が合うと、サッチさんは困ったように笑って。

「おれとお喋り、してくれる?」

……うん、五秒前の自分に謝ろう。
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