「無視しないでよー、ねーったら。」
「おれは暇じゃねえ。」
「話くらい出来るでしょ。進展はー?」

こいつときたらおれと会う度に同じ台詞を言ってくる。
さすがにあいつがいる場所じゃそれもないが…仕事中ともなると面倒なことこの上ない。

「あのな、客いるから。…おい、何とかしてくれ。」

でも忙しいってほどでもないじゃない。
そう口を尖らせたハルタを無視し、その両隣に座るイゾウとビスタに助けを求める。

「今日はジョズのヘルプってだけだろ?それにおれたちも客だぜ。」
「VIPと話をするのも仕事のうちのひとつじゃないか?それにおれもその話は最近知ったばかりでな、是非聞かせてほしいんだが。」

…こいつらに助けなんか期待したおれが馬鹿だった。
ご丁寧にカウンター席に陣取りやがるから逃げようにも逃げられねえし。
つーかビスタ、お前誰から聞いたんだよ…ってそうだな、お前らしかいなかったな。

「…メール、時々電話。以上。」
「えー!?」
「つまんねえやつだな。」
「ああ、つまらない男だ。」

…仕方ねえだろ、お前らが期待してるようなことなんて本当にねえんだから。
自分から積極的に来るやつやおれに少しでもその気があるってわかるやつにはおれもそれなりに仕掛けられるんだが、彼女に対してはどうも上手くいかねえ。
大分壁はなくなってきたとは思うし、もともと彼女は遠慮しがちな性格だし男慣れしてねえから余計に押しに弱い。
そのことを利用すりゃ早いとは思うんだが…いや、何かそれは気が進まねえ。
んなこと考えてたら無駄にメールとか電話とか重ねちまうだけで進展なんてしねえしよ…こんなうだうだしてるだけとか自分じゃねえみてえだ。

「あーうるせえ。いいか、お前らと違っておれは今仕事中…お、」

カラン、と鳴ったドアの音。
こいつらとの話を切る絶好のタイミングだ。

「いらっしゃ…、!!」

その瞬間おれは固まった。
そりゃもう盛大に。
いや、決して嫌な来客だったとかそういうのじゃねえ。
むしろその逆。

「フィルこっち!ここ、ここ座って!」

彼女が来たとわかった途端機嫌を直したハルタが自分の隣の席を指す。
…おれが彼女の来店に驚いているのを見て色々とわかってしまったらしいビスタが元いた席だ。
戸惑う様子だった彼女も、出向いたジョズが声をかけたことで安心したように近づいてきた。

「こ、こんばんは。」

彼女の持つ手提げからは参考書やら何やらが少しのぞいているから、どうやら大学の帰りらしい。
店内はこの雰囲気だ、もし彼女が来るなら昼だけだろうと決めてかかっていたから本当に予想外だった。
いや、まあ…すげえ嬉しいんだけどよ。

「はじめまして、お嬢さん。おれはビスタだ。」
「!は、はじめまして、フィルです。」

こら自称紳士野郎。
彼女はそういうのに耐性がねえんだよ、だからやめろ。
自己紹介をしながらさりげなく椅子を引いたビスタに彼女がまた戸惑いつつも礼を言った。

「フィル、今日は…あ、まずは何か頼みなよ。」

おそらく今日来た理由を訊ねたかったんだとは思うが、それは後にしたらしい。
メニュー表を受け取った彼女はというと、小さく奇声を発してからはそれに釘付け状態。

「あはは、どれも美味しそうだし迷っちゃうよね。」

隣のビスタにも笑われ恥ずかしそうにしつつも彼女はこくりとうなずいた。
実際、今日の担当はジョズなのでメニューも野菜をたくさん取り扱ったものが多い。
女性客から人気があるだけじゃなく、会社の中じゃ隠れファンもいるくらいだ。
なかなか決められない彼女にそういったことを説明しながらのメニュー解説は別にかまわねえんだが…なあハルタ、ちょーっと距離が近すぎるんじゃねえか?
何て言うか…ハルタと彼女は歳も近いし背も離れすぎてはいない。
それにふたりとも顔は実年齢より幼く見える。
だからかふたりこうやって並ばれると…その、何だ。
あー……おれって自分が思ってたより大分小せえのかも。
そんなことを考えてしまって少しばかり自己嫌悪していると、メニュー表とにらめっこをしていた彼女が突然顔をあげておれを見た。
ちょ、いろんな意味でびっくりするから!
まあそれはそうと、まだ決まってなかったように見えたんだが…?

「あの、サッ…」
「あ、サッチに話しかけちゃだめだよ。今仕事中で忙しいから。」

…は?
ハルタ、今何つった?

「ああ。うるせえって言われるかもな。」
「ああ。仕事に対しては真面目だからな。」

こ い つ ら …ッ!!
さっきおれが話さなかったことを根に持ってたとしてもだ、こういう仕返しの仕方は駄目だろ!
おれのことを応援してやろうって気持ちが少しでもあったら絶対こんなやり方しねえからな!?

「サ、サッチさんごめんなさい…!」

フィルちゃんそこ信じちゃったか…。
よーく考えてくれ、確かにおれは仕事に対しては真面目に取り組むぜ?
けど話しかけられたからってフィルちゃんを邪険に扱うなんてしねえし、ましてやうるせえなんて暴言吐くわけねえ。
いや、フィルちゃんは何も悪くねえよ?悪いのはこれでもかってくらいに良いカオ浮かべてやがるそこのお三方だから。

「いいって。んなことねえから気にしないでくれよ。」

…あーこの顔絶対気にしてる。
これ帰るまで絶対話しかけてもらえねえやつじゃねえか?折角だってのに勘弁してくれよ…。
申し訳なさそうに再度ハルタとメニュー選びを開始した彼女はきっとおれにも料理のことを聞きたかったのだろうと思う。
しばらく悩んだ後、期待を隠しきれていない表情でジョズに注文をする彼女を見て苦笑するものの、今日がおれの担当日だったらなあとつい余計なことを考えてしまった。

「…今日はどうした。飯食いに来ただけか?」

彼女が振り向くが、イゾウの視線は自身が揺らすグラスの中身へと向いている。
話題だけ投げといてあとはどうぞってことか?
こいつは話すよりも見てる方が良いらしいからなあ…。

「ち、違いますけど…でも大したことじゃないです、」
「新しい相談?」

ハルタの問いにふるふると首を横に振る彼女。
とりあえず目的のひとつに食べることはあるようだ。
けど、それと依頼以外でこの店に来る理由って何かあったか?
…誰かに会いたかった。
いやいや、そんなわけ…

「み、皆さんのこともっと知りたいなって…。」

…ちょっとフィルちゃん、それってどういう意味合いか教えてほしいんだけど?
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