(むう…どれにしよう…。)

土曜日の昼下がり。
勉強するときよりも真剣な眼差しで見つめる先は横長のショーケース。
もちろんその中にはいろんな種類のケーキが並んでいる。
ひとつ選ぼうとするけど…全部おいしそうだからなかなか決められない。

「ふふ、じっくりお選びいただいてかまいませんよ。」
「!は、はい、」

店員のお姉さんがにこにこしながら優しい声をかけてくれる。
でもここは初めて来た場所だしケーキの種類も多いから、ひとつ選ぼうにもまだまだ時間がかかりそうだったので。

「…あの、おすすめってありますか?」

迷ったときはこれ。
そのお店の人にきくのが一番だ。

「そうですね…苺のショートケーキは人気がありますよ。でも私個人のおすすめはカボチャのモンブランですね。」
「(カボチャ好き…!)それお願いします!」

にこりと笑って返してくれたお姉さんが注文したケーキを取ってくれる。
店内でも食べられることは予め雑誌でチェック済み。
紅茶と一緒に味わうことにしよう。

(楽しみだなあ…。)

上機嫌で席に座って待っていれば、しばらくして私の元に運ばれてきたケーキたち。

(このために今日までがんばった…!)

実は昨日まで大学のテスト期間だったんだ。
家にいるとつい開いてしまうお菓子の雑誌を泣く泣く封印し、テストのためにと机に向かうことニ週間。
私からすれば苦行に似たテスト期間も昨日でようやく終わりを迎えて。
今日はがんばった自分へご褒美をあげに、この店にやってきたのである。

(いっただっきまーす!)

…ああ、幸せすぎる…!
今日まで雑誌断ちしてきたかいがありましたよ、ええ!
こんなときカウンター席に座っていてよかったと心底思う。
家なら遠慮しないんだけど…ここはお店の中。
もしおいしさを抑えきれなくてにやにやしてるところを他の人に見られたら恥ずかしいもんね。

(はぁ…紅茶もニ割増しでおいしい。)

カップを置く際に鳴る音すら心地いい。
さてもう一口食べようかなと思ってケーキをフォークですくったとき。

「隣、いいかい?」
「、へ?」

声がした方向を見ると、金髪で背の高い男性が立っていて。
私がケーキたちに心奪われていた間に、お茶の時間帯になっていたこともあってか空いていた席はほとんど埋まってしまったようだ。

「ど、どうぞ!」

がたりと椅子を引いてその人が座る。
羽織っている黒のジャケットはよく似合っているし、モデル顔負けのスタイルのよさ。

(が、外人さん…?)

髪型は言い表しにくいけど…さらさらしてそうな金の髪。
どこか独特の雰囲気を持ったその人にぽけーっと見入ってしまっていると。

「…ケーキ。」
「、はい?」
「落ちそうだよい。」
「!わ、あぶ、」

指を差されながら言われて持っていたフォークを見れば落ちそうになっているケーキ。
慌てて口に運び、無事に食べられたことにほっとする。
それを見ていた金髪の人がくつくつと笑いだした。

「…アリガトウゴザイマス。」
「どういたしまして。…よかったねい、落とさなくて。」

恥ずかしさで片言になった私にまた笑う金髪の人。
その時その人が注文していたものが運ばれてきた。
ガトーショコラにブラックのコーヒーだ。

(うわぁ、似合う…。)

砂糖やミルクに手をつける素振りも見せずブラックのままコーヒーを口にした金髪の人は、びっくりするくらい絵になると思う。
何ていうか…男の人が憧れそうでとにかく大人の魅力溢れる男性って感じだ。
そんなことを考えていると、その人が急に私の方を見たので視線がばっちり合ってしまった。

「…あのな。」
「え?」
「その…何だ、そんなにじっと見られてると…さすがに食べにくいよい。」
「!」

それはもう慌てて謝る私に「いや、気にすんなよい」と苦笑して返してくれたその人。
すてきだし優しい人なんだなあと思うかたわら、私は自分のダメさ加減に肩を落とす。
そんな私の様子が可笑しかったのかまた喉を鳴らして笑われて。
どうやら私はこの人を笑わせる才能だけはあるらしい。
そんなまぬけな才能より、知的に見せるとか大人の女性らしく見せるとか…プラスになる才能がよかったなあとのんきなことを考えて始めたのもつかの間。

「…それからもうひとつ。」
(はい!?ま、まだあるの!?)
「ここのケーキがうまいのはわかるが…少し顔に出すぎだと思うよい。」
「!!」

私にとってはまさかの指摘。
聞き間違いだと信じたいけど、残念なことに私の耳はそんなに都合よく聞き間違えてくれる優秀な耳ではなくて。

「…あ、あの…」
「ん?」
「あれでも抑えてるんです、一応…。」
「あれで…かよい?そりゃ失礼。」

足掻いてみるも、そう言われてしまえば恥ずかしくて何か言い返すこともできず。
きっと今の私は耳まで真っ赤になっているに違いない。
でも、そんな私の隣で心底面白そうに笑うその人の姿を見ていたらさっきまでの恥ずかしさも気にならなくなってきて、ついには私も笑ってしまった。
ひとしきり笑ったあと、その人は優しい表情になって。

「マルコ。」
「?」
「おれの名前だよい。…名前、教えてくれるかい?」
「…はい!えっと…フィル、です。」

少し遅めの自己紹介。
私とマルコさんは顔を見合わせ、また笑った。
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