「いらっしゃいフィル、待ってたよ。」
大学の講義はお昼過ぎで終わり、それから店へと向かった。
出迎えてくれたのはハルタさんで、待っていたという言葉通り心なしか楽しそうに見える。
「フィルちゃん、授業お疲れさん。」
カウンターに座るサッチさんの隣にはイゾウさんの姿。
私が挨拶をすると、サッチさんは用意してくると言って席を立った。
「今日はクラシックチョコケーキね。」
すれ違い様、片目をつむって内緒話をするかのようなサッチさんの一言。
嬉しさで一杯の私がお礼を言えばサッチさんはそれを背中で受け止めてそのまま厨房へと入っていく。
その後カウンター近くのテーブル席に案内された私がやけに静かな店内を見渡していると、イゾウさんがこんなことを言い出した。
「誰も来ねえさ。今日は貸しきりだ。」
誰の、と一瞬聞き返してしまいそうになるのを慌てて飲み込む。
三人ともここの会社の人だし、普通に考えて該当者は私しかいない。
で、でも貸しきった覚えなんてないんですけど…。
「…ハルタさん?」
「ああ、今日は相談があるって言ってたから周りを気にしなくていいように貸しきりにしちゃった。」
さも当然のように言うハルタさんに唖然とする。
私ひとりのためで、しかも相談内容がそれほど深刻なものでもないから余計に申し訳ない気持ちになるんだけどそんな私に気づいたらしいハルタさんが。
「大丈夫だって。それにサッチも快く承諾してくれたしね。」
…快く、の部分が不自然なくらい強調されていたのは触れないことにしよう。
「…じゃあ、」
「あ、サッチが来るの待ってもいい?」
折角貸しきりにしてもらったので早速相談に入ろうとしたらストップをかけられた。
てっきり相談相手はハルタさんだけかと思っていたけど違うみたい。
「ほら、色んな人の意見ほしいでしょ?サッチはそういう経験も豊富だから相談相手としてはいいと思うよ。」
やっぱり。
きっとそうなんだろうなと思っていたから、ハルタさんの言葉は違和感なく受け入れられたし納得もできた。
けど。
それが事実だとわかった瞬間素直にすごいと思えなかったのは…どうして?
「お待たせ。」
サッチさんが戻ってきた。
本業は何でも屋で喫茶は趣味の延長みたいなものだと前に言っていたけど…これまでの料理や今持ってきてくれた相変わらずおいしそうなケーキを見るとこっちが本業でもいいんじゃないかと思ってしまう。
「ごゆっくりどうぞ。」
サッチさんは大袈裟だと思うくらいに丁寧なお辞儀をして茶目っ気たっぷりに笑うから、私も丁寧にお礼を言って返した。
「ほら、お前らも食べるだろ?」
「ありがと。サッチもそこ座ってよ、フィルの相談会始めるからさ。」
「つっても…おれ相談の内容知らねえんだけど。」
「だから今から話してもらうんじゃん。…フィル、もう話していいよ。」
サッチさんの様子からすると…私から相談があるということだけ知っていて、それがどんな内容かは聞かされていないらしい。
まあ私もハルタさんには恋愛相談としか言ってないもんね。
…別に気にする必要はないんだけど、言うの何だか恥ずかしいな…。
「…あの、告白されたんです。」
直後。
興味津々といった風に目を輝かせるハルタさんに、片方の眉だけ上げて笑みを浮かべながら「やるじゃねえか」と誉めて(?)くれるイゾウさん。
あと、サッチさんは…
「こ、告白されたって…誰に?」
…あまりにも意外だったらしく、驚きを表すかのように顔がひきつっている。
サッチさんなら普段と変わらない調子で聞いてくれると思ってたから反応に少し困ってしまった。
わ、私にだってこういう話がひとつくらいあってもいいじゃないですか…。
「大学の…同じ回生の人です。」
「…そ、そう。」
表情はそのままに珍しくたどたどしい話し方だけど、時間差でようやく信じてくれたみたい。
そんなサッチさんを見てイゾウさんはくつりと笑う。
「告白はいつされたの?」
「月曜です、今週の。」
「…返事はまだってこと?」
「いえ、その時に断ったんですけど…もう少し考えてほしいって言われたんです。あと、嫌いじゃないなら付き合わないかって。」
ずいぶん好かれちゃってるね、フィル。
にこりと笑ったハルタさんは楽しそう。
ほ、本題はここなんですけど!
「…相談ってのはそれか。嬢ちゃんはそいつのこと嫌いってわけじゃねえんだよな?」
イゾウさんの言葉にうなずいたあと、相手について少し説明をした。
何度か喋りはするけどそこまで接点はないということ。
性格もいいし、女子からの評判も悪くはないということ。
私は相手のことを友だちだと思っていて、恋愛感情は今の時点ではないということ。
一通り話すと、相槌を打っていたハルタさんが表情で理解を示して。
「そこで、どうしたらいいのかぼくらの意見が聞きたいってことだね。」
「はい、お願いします。」
「任せてよ。じゃあサッチからいってみようか。」
あ、あれ?ハルタさんからじゃないの?
そんな私の疑問をふられた側のサッチさんも抱いたらしく。
「…何でおれからなんだよ。」
「さっきから真剣そうに考えてたじゃん。ほら、フィルも待ってるよ。」
確かにサッチさんは一言も喋らず、目を細めてずっと真剣な表情だった。
いつもならある笑顔が今は見られない分、余計にそう思う。
まだ何か考えているらしいサッチさんと目が合ったのでお願いしますと再度言い直すと、髪をかきあげたサッチさんは少し困ったように目をそらして。
「…おれは」
その時。
後ろからはドアの開く音。
「お、フィルじゃん!」
入ってきたのは、私もよく知るスーツ姿のふたり組だった。