「行くよい、エース。さっさと終わらせるぞ。」

基本的にひとつの依頼を担当するのはひとり。
でも例外もあって、今回みたいに少しメンドウなものは複数人で担当するんだ。

「おう!」
「今日の夜はみんなで飲み会なんだから早く帰ってきてよね。」
「わかってるって。じゃあ行ってくる!」

意気揚々と出掛けるエースにマルコ。
まあふたりの仕事が長引くってことはないだろうな。
とっくに閉まったドアを眺めながらそんなことをぼんやり考えていると。

「…やっぱりそうだったぞ。」

一応報告しとくからな。
肩肘を付きながら書類に目を通しているサッチからの言葉だ。

「…マルコのことか。」

ぼくが何も言わなかったから代わりにイゾウが反応してくれた。
サッチは表情を変えることなく軽い返事をして肯定している。

「確かめたの?」
「そ。一週間くらい前だったかな、直接あいつに訊いた。」
「何て言ってた?」
「お前とは違う。おれは最初から自覚してたから、だとよ。」
「……マルコにもばれちゃったってこと?サッチがフィルをどう思ってるか。」
「…まああいつもお前らみたいに気づいてたらしいし、店でのことも彼女から多少聞いてたみたいだからな。ある程度予想してたんじゃねえの。」

淡々と受け答えする姿に少しだけ意外さを感じる。
もしもの時は慌てたり焦ったりするのかなって思ってたんだけどそうじゃなかったみたい。
今日もだし、昨日もマルコとサッチが一緒にいるところは見た。
でも引っ掛かるようなことはなかったし、ふたりの様子は普段通り。
歳のせいもあるんだろうけど…きっとふたりの付き合いが長いからなんだろうな。

「そっか。…そういえばサッチ、自分で気づいてる?」
「あ?」
「呼び方だよ、…嬢ちゃんの。」

イゾウが補足してくれる。
サッチはフィルのことを今までは「あの子」と呼んでだけど、さっきは「彼女」だった。
自覚してフィルに対する意識に変化があったみたい。
ぼくらが反応を待っていると少し渋るような表情でサッチは気づいてる、とだけ返した。

「へえ。…女の子から女性に変わった?」
「…まあな。」

ぶっきらぼうに答えはしたものの恥ずかしくなったのか、顔を隠すように書類を持ち直すサッチ。
それを見てイゾウとふたりで笑うとじとりと睨まれたけど、その目にいつもの鋭さはない。

「…あと、精々がんばれって言われた。」

その時のことを思い出したのか、話すサッチはため息混じり。
誰にとは言われなくてもわかる。

「あはは、応援されちゃったの?」
「そう聞こえるか?」
「随分と余裕らしいな、マルコは。」

くつくつ笑うイゾウにサッチはまた深い息を吐いた。
マルコの余裕さに釈然としない様子のサッチはとある可能性には気づいていない。
…いや、これはぼくが第三者の立場だからこそ至った考えなのかもしれないけれど。

「…退く気はねえ。けどな…」

自分に自信がないのか、あるいは古くからの親友が相手だということ自体が引っ掛かっているか。
少し真剣味を帯びた言葉は最後まで紡がれることはなかった。
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