「フィル、道案内よろしくな!」
おれとマルコは飲酒運転になるから今日はエースが彼女を送ることに。
今日来るなんて思ってなかったからすげえ嬉しかったんだが…その、あれだ。
「うん、ありがとう。」
いつかそうなるとは思ってたにしても、いざ彼女がエースに対して敬語を使わなくなってみると…ちょっと面白くねえなって思っちまう自分がいるわけ。
まあ自分の気持ちに気づいた今ならこれが嫉妬だってこともちゃんと自覚してるし、表に出ねえようにもしてるんだけどな。
「エース、運転中に寝るんじゃねえぞ。」
「任せとけって。」
「フィル、また来いよ。」
心なしか表情のやわらかいマルコの言葉に彼女が笑い、その後おれたちに向かって頭を下げた。
マルコの表情の意味を色々と考えかけたが、今は止めておいた方が無難。
「フィルちゃん、おやすみ。」
ふたりが背を向け歩き出し、話し声は段々と遠退いていく。
ドアを閉めると、この空間にはおれとマルコのふたりだけしかいない。
…確かめるなら早い方がいいか。
「なあマルコ」
リビングへ戻ろうとするマルコの背中へ呼び掛けると、そのまま短く返事をされる。
「お前さ、やっぱりお気に入りなわけ?」
何でもないことのように声の調子を保つのは難しかった。
マルコは何も答えず、部屋に着くと酌をしろと言わんばかりにコップを差し出してきて。
(…無視かよ。)
こっちは結構真剣なんだけどな。
心の中で悪態をつきつつ正面に座り、少しきつめの酒を手に取り大人しく従った。
すると。
「遅え。」
一口飲むなり、マルコは面倒そうに不満を告げてくる。
イエスでもノーでもない回答におれの頭は着いていかない。
「へ?」
「今日はやけに嫉妬してこねえと思ったら…そういうことかい。」
ため息をつきながらひとり納得しているらしいマルコの言葉が意味するものは、もうそういうことで。
「マルコ、お前…」
「フィルを店へ誘ったらしいな。」
さっきの遅いという言葉はおれの気づきの遅さに対する不満であり、こいつもおれの気持ちを知っていたというわけだ。
店に誘ったことについてはふたりで出掛けた時に彼女から聞いたんだろう。
「…ああ。」
「ハルタにでも気づかされたか。」
「……それとイゾウにもだよ。」
「くくっ、礼でも言っとけよい。」
彼女から手に入る情報はそれほど多くないと思ったんだけど…こいつは勘が鋭いからなあ。
この様子じゃマルコもあのふたりとおれや彼女について話したことがあるんだろう。
…それより、マルコがおれのことに気づいてたってことの方が重大だ。
こいつも自覚のない頃のおれを見て少なくとも面白がってはいただろうし、それに…散々嫉妬していたであろう姿も見られてたってことになる。
…恥ずかしいし、頭が上がらねえ。
「お前の好みじゃなかったんだろ?」
顔をあげると嫌な笑みを向けられた。
話題の人物はもちろん彼女。
「確かそう言ってなかったかい。」
「…うるせえよ。」
…わざわざ掘り返さなくてもいいだろ。
確かに最初は彼女をマルコのお気に入りとしか捉えてなかったし、おれにとっては対象外だった。
けど、考えてみればもうあの頃からおれは彼女に惹かれていたのかもしれない。
「なあ、おれってその頃から?」
「おれはそう思ってたけどな。」
「…そりゃ確かに遅えな。」
「全くだよい。」
呆れたようにこぼされた。
マルコはおれの気持ちに元から気づいてたみたいだし、そうでなくてもこいつとは付き合いは長い。
だからこいつ相手に今さら取り繕っても仕方がないしそんなことをするつもりも到底ないから、どちらかといえば気が楽になったと思う。
ま、言ってしまえば失うものはないってわけだ。
「…で、お前はどうなんだよ。」
今度はおれの番。
そうだろうなとは思っているが、実際のところこいつの本心はわからない。
…もしもの時、おれはどうすればいい?
顔色ひとつ変えないマルコにどこか緊張感を感じていると。
「…安心しろい、お前とは違う。」
あっさりとした返答だった。
じゃあ今までのこいつの態度はおれの思い違いだったってことか。
そうおれが内心安堵したのも束の間。
「おれは最初から自覚してたからな。」
「な…っ!?」
続けざまに流された言葉はおれにとっては衝撃的すぎた。
平然として酒を手に取るマルコにおれは身を乗り出して問いただす。
「おいマルコ!それって」
「精々がんばれよい。」
冷静でいられるマルコの気が知れない。
…ハルタ、イゾウ。
お前らの言った通りこれから本当大変なことになりそうだよ。