「ただいまぁ。」

とあるマンションの一室。
誰もいない部屋に帰りを告げつつぱち、と照明のスイッチをいれる。
たくさん歩いて疲れたきった足をもうひとがんばりさせて小さめのソファーに到着。
ぼすん、と勢いのいい音がした。

「ええと、今日は…」

夕方に軽く食べちゃったし…晩ご飯はもういいかな。
そんなことを考えながら早速荷物整理をし始める。
きれいな紙袋から出てきたのは青いカーディガンに、白いシャツ。
ビニールの袋からは本屋で衝動買いしてしまった雑誌が…二冊。
どちらの表紙にもお菓子の写真が載っている。

(い、いや!後悔なんてしてませんから!)

誰に指摘されたでもないのにひとり首をぶんぶんと横に振る。
その二冊は丁寧に本棚にしまい、荷物整理を再開させていたら。

「…あ。」

私の鞄からそれが見つかって。
一応貰い物なんだけどその貰った経緯も経緯だし電車で偶然となりになった人からものを貰うなんてことも初めてで…そんなこともあってか手付かずのまま保存されている。

「これ、どうしよう…。」

手で持ちあげ、ぼーっと眺める。
袋に入ったマフィンは相変わらずいいにおいがしておいしそう。

「どこかで買ったのかな…。」

くるくると袋を回転させて観察。
見た目もきれいだしおいしそうだからてっきり買ったものだと思ってた。
でもどこを探してみても賞味期限とかが書いてあるシールがなくて。

(てことは…手作り?)

あの人が?
…少し失礼な話、作っている姿が想像できない。
けど、袋とかカップ自体は百均とかで売られてそうなものだったので、やっぱり手作りなんだろうなと結論付けることにした。
ぼすっとソファーにもたれて天井を仰ぎ見る。
そのあとに大きなため息。

「今日はびっくりしたなあ…。」

今日は本当にびっくりした。
隣に座った人がリーゼントだったこと(リーゼントなんて実際初めて見た)。
その人の目とか声とかがいろいろ怖かったこと。
それを忘れるために雑誌読んでたらその人が急に話しかけてきて、しかも内容が予想外にもお菓子についてだったこと。
で、その人が怖がらせたお詫びとかでマフィンをくれて。
勘違いされて、その時はいたずらっ子みたいな顔で。
最後の笑った顔、すごく優しくて…

(…あ、あれ?わたし、何か、)

な、何だか変だ。
一瞬おかしな気分になったぞ。
これがいわゆるギャップ萌えというやつだろうか。
あの怖い人の笑った顔がかわいいというか何というか…

「…そ、それより!これ貰ったんだし一応食べないと失礼だよね!」

も、もうこれ以上考えるのはやめよう!
どうしてか変に焦ってしまっている私は少し大きめの声。
袋をとめている針金を外しマフィンを取り出した。

(やっぱりおいしそうだなあ…。)

あの人がつくったなんて思えないや。
改めてそう思っていると、ふと私の頭の中に浮かぶあの人の最後の顔。
そしてそのあとに来るのは言い様のないおかしな気分。

(…あ、や、だから何で…!)

だめだ、もう本当に考えるのやめよう!
このままでいるとまた繰り返してしまいそうだ。
ぶんぶんと頭を横に振って頭をリセット…よし、これで大丈夫!

「いただきまーす。」

ぱくり。

一口かじれば、口に広がるのはバターの香りとふんわり食感の甘い生地。
…だと思っていたのに。

「…からいいい!?」

甘いはずのマフィンはどうしてかものすごく辛くて。
予想していたものとは真逆の味にパニックを起こしつつ、急いで台所へ駆け込んだ。

(怒ってないって言ってたのに…!)

きっとあの人は内心怒っていて、だからこんな辛いマフィンを渡してきたんだ。
くそう、(元はといえば失礼なことをした私が悪いのだけど)最後の笑顔に全部騙された…!

「み、みず!くちが…!」

キンキンに冷えた水を一気に流し込みながら、私は今度もしあの人に会ったら全力で謝ろうと誓うのだった。
- ナノ -