「…それでさ、おれがスーツ着てるからってすげえ驚かれたんだ!」
少しむすっとした顔でエースが私を見る。
行きの車内でのことまだ気にしてたんだ…!
「!ご、ごめんってば!だってそんなイメージがなかったから…」
「おれたちはもう見慣れちまったが…そうか、フィルは初めてだったかい。」
「ははっ、おれも初めて見たときは笑ったな。」
「入社式のときなんかひどかったよな、みんなからかってきてさ…」
困ったような顔をしてるけど、でも楽しそうにその時のことを話すエース。
マルコさんもサッチさんも時々相づちをうちながら懐かしんでいるようで、こういうのって何だか羨ましいなと思う。
私も笑いつつ話を聞いていると、隣からぱきりと音がした。
「…サッチ。」
マルコさんの手にはくの字に曲がった缶ビール。
もう何本も空けてるのに、マルコさんの表情は普段通りで変化はない。
「お、もう空かよ。」
サッチさんはほんのり頬が赤くて上機嫌。
でもそこまで酔ってるようには見えなくて、気分がすごくいいだけなんだと思う。
…どっちもお酒強いんだなあ。
「…私取ってきましょうか?場所もわかりますし。」
サッチさんもゆっくりしたいだろうし、それに私も急に来ちゃったし…それくらいお手伝いしなきゃね。
マルコさんは私の方を見て、一度目を瞬かせたあと。
「…じゃあ頼む。すまねえな。」
「!は、はい。」
や…やっぱり訂正!マルコさんも気分がいいみたい。
くしゃりと笑うマルコさんを見るのは初めてで少しだけ返事に困ってしまった。
「おれの時と違いすぎなんですけどー?」
「当たり前だ。」
「…でもおれ、マルコがサッチにあんな態度とるのは想像できねえ。」
「あー…それはそれで嫌だな。引くわ。」
「だろ?サッチに優しいマルコとか何か気味悪い…、!」
「まだお喋りしてえかい?」
「「いいえ!」」
ふたり揃って首を横に振る姿に小さく笑って、私は席を立つことにした。
ーー
ー
(サッチさんもいるだろうし…三、四本あればいいかな。)
ふたりともすぐ空けちゃうもんね。
冷蔵庫からお目当てのものを取り出していると、後ろからドアの開く音。
「フィルちゃん」
「、サッチさん。」
空いた食器を片手に持ったサッチさん。
それを流しへ置くと、苦笑しながら。
「逃げてきた。」
軽く舌を出す姿に私も笑ってしまった。
どうやら食器は逃げる口実だったみたい。
両手の塞がった私の代わりにサッチさんが冷蔵庫を閉めてくれたのでお礼を言うと、何故か急に謝られて。
「今日、用意してねえんだ。」
マフィン。
そう付け足されて理解した私は、申し訳なさそうにするサッチさんに慌てて首を横に振る。
「い、いえ!私が急に来たんですから!」
来る予定がなかったんだから用意してなくて当然なのに。
でもその気持ちが嬉しかったので、また今度お願いしますと言うと笑顔を向けられた。
「店、…また来てよ。」
もうお酒が引いたのかサッチさんの頬の色は元通り。
でもいつもより落ち着いた声が、この前の電話を思い出させて少しどきりとした。
「ぜ、ぜひ!…というか、もう約束しちゃいましたし。」
含み笑いを持たせると、サッチさんがきょとんとした表情になる。
「約束?」
「はい。前ハルタさんに意地悪されて…そのお詫びに次来たら何でも奢るから、って。」
お店で散々に意地悪されたときに、お詫びにとハルタさんが提案してくれたんだ。
本当は謝ってくれただけで許そうと思ったんだけど折角だし…あの時のハルタさん若干楽しそうだったもん、これくらいはしてもらってもいいよね。
「それって…おれが厨房いるとき?」
うなずいて肯定すると、サッチさんは何か考える素振りを見せる。
ハルタさんの言った通りサッチさんにはあの時の話は聞こえてなかったみたい。
内心安心していると、サッチさんは勘が働いたのか流し目で笑みを向けてきて。
「…ちなみに何されたの。」
「な、内緒です!」
絶対言えない…!
内容も内容だし、それも本人に教えるなんて恥ずかしいこと私にはできないけど…マ、マルコさんの時は仕方なかったもんね!
電話したとはいえサッチさんとはあの日から会ってなかったわけで…しかも思い出しちゃったから変に意識してしまってどきどきする。
「…あのさ、」
不意に声が落ちてきた。
私が顔をあげると、妙に真面目な表情のサッチさんがいて。
「嬉しかった。」
ぽつりと呟かれた言葉は確かに私宛なんだろう。
でも、私には心当たりがない。
「…私、何かしましたか?」
「内緒。…ほら、早く持っていってやろうぜ。」
にやりと笑ったサッチさんは私の手の中の物を半分奪うと、理解できていない私を置いてリビングへと向かっていった。