(…何で待ちきれなかったんだろ?)

大学の帰り道。
電車に揺られながらふと先日のことを思い返して不思議に思ったこと。
待ちきれない、でも急ぎの用件でもない。
電話でもそれほど大事そうなことは訊かれてない。
何だか矛盾してるような気もするけど…でもサッチさんとの電話は楽しかったし、次に会う時にはマフィンもお願いしちゃったし…私的には嬉しかったから特に気にすることでもないよね。

(…あ、下りなきゃ。)

人の間を縫って電車から下りる。
帰ったら何しよう。
レポートも終わらせたし…金曜の晩ごはんくらいはちょっと気合い入れてみようかな。
最近はサッチさんのおいしい手料理に刺激されて料理をがんばるようにしている。
がんばるといってもひと手間加えるといった簡単なことだけど…い、一応私は女子だしね、少しだけ悔しかったりするんだ。

(野菜が結構あったはずだからポトフと、あとパスタと…)

考え事真っ最中。
歩く早さも自然とゆっくりになりつつ献立を考えていたら後ろから軽くクラクションが聞こえて。
音に驚いた私が振り返ると、歩道沿いに黒塗りの車が停まった。

(ちょ、恐いってば…!)

窓が特殊なのか車内もよく見えないし威圧感たっぷり。
どきどきしながら動けずにいると、助手席側のドアが開いて。

「フィルお疲れ!」
「エ、エースさん…!」

黒のサングラスをかけてはいるけど、車に乗っていたのは確かにエースさん。
知っている人だったため緊張していた体から一気に力が抜ける。

「大学からの帰りか?」
「は、はい。」

スーツ姿のエースさんなんて初めて見た。
な、何かすごく大人っぽく見える…!

「なあ、フィルも来いよ!」
「どこにですか?」
「マルコん家!仕事終わって今から向かうとこだったんだ。」

サングラスを外しながらにっと笑った表情を見ると、やっぱりエースさんだなって思う。
エースさんたちと話すのは楽しいしお誘い自体はすごく嬉しいんだけど…男同士で話したいってことがあっても困るよね。

「あの、私が急に行ったら迷惑じゃ…」
「そんなことねえからほら、早く乗った!」
「えっ、は…はい!」

半ば強制的だ。
早く乗れと手招きしたエースさんに反射的に返事をしてしまった私は慌てて助手席にお邪魔する。
今日は雰囲気が違うし、いつものエースさんといるときより数倍緊張するよ…!

「フィル、乗るにあたっての注意事項な。」
「?はい。」

注意事項?
普通に考えたらシートベルトをするとか窓から顔を出さないとかだと思うけど…さすがにそれはないよね。
じゃあ何だろう、そんな目でエースさんを見ると。

「敬語禁止!」

少しいたずらに笑うエースさんの一言。
思わずあっ、と声を出してしまった私に。

「これが守れるんなら出発するぞ。返事は?」

実際に弟さんがいるから余計にかもしれないけど…今のエースさんは特にお兄ちゃんって感じがする。
…次はがんばるって決めたしね。

「…うん、お願いします。」
「もう守れてねえじゃん!」

結局敬語になった私をエースさんは可笑しそうに笑って車を出す。
早々にやってしまって恥ずかしくはあったけど、エースさんとの距離が縮まった気がして嬉しかったんだ。
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