「今日はケーキ屋さんに行って来ました。苺をつかったケーキの専門店で…」

今打っているのはサッチさんへのメール。
連絡先を交換してからはずっとやり取りをさせてもらってる。
マルコさんは携帯の操作が苦手なせいか絵文字を一切使わない短めの文章を送る人だったから、サッチさんはどんな文章を打つのかなって少し気になってたんだけど…実際やり取りしてみると絵文字とかはあまり使わない人だったんだ。
使っても寂しくならない程度に使うくらいで文章もそんなに長くないし…ちょっと意外だなって思ったのは秘密。
喫茶店にお邪魔してからはメールの回数も少し増えて実は嬉しかったりもしてるんだけど…前に関係して引っ掛かっていることがひとつ。

(な、何であの時すぐに返事ができなかったんだろう…。)

サッチさんの印象を訊かれた時のこと。
ハルタさんの問い詰め方も意地悪で焦っていたってこともあったんだけど…何であんなにどきどきしていたのかは今でもよくわからない。
…お、思い出したらまたどきどきしてきた!

「えっと…送信!」

…サッチさんは素敵な人、それは断言できること。
最初は恐いって思ってたけどそんなこと全く無くて、一緒に話していてもすごく楽しそうに笑ってくれるし親しみやすさも感じる。
マルコさんとサッチさんは少しタイプが違うけど…それでもふたりとも同じように素敵な人だと思うし、仲良くなりたいなって思うのは嘘じゃない。

(マルコさんとは一緒だと思うんだけどなあ…。)

至った結論に若干もやもやとしたものを抱えつつベッドに転がると、手の中の携帯が鳴った。
サッチさんからだ。

「えーっと、『電話していい?』…えっ!?」

がばりと上体を起こしてメールの本文を再確認。
実はサッチさんとは一度も電話をしたことがない。
マルコさんとである程度歳上の人と電話することに慣れたとは言え…やっぱり初めてする人とだと緊張するって!

「とりあえず返事しないと…わ!?」

で、電話だ!
というか…サッチさんから!?

「は、はい。フィルです。」
「フィルちゃん?っと…今大丈夫だった?」

初めて電話越しに聞こえてきたサッチさんの声にどきりとする。
調子はいつもと同じで軽い感じなのに、耳元で聞こえるからか少しやわらかい印象を受けた。

「はい。でも…どうしたんですか?今返事をしようと思ってたんですけど…」

訊かれた直後にかかってきた電話。
そこまで急ぎの用件があったのかなと思って訊いてみると。

「別に急ぎとかじゃねえんだけど…返事、待ちきれなくてさ。…嫌だった?」
「い、いえ!そんなことないです!」
「…ならよかった。」

サ、サッチさんの声ってこんな甘かったっけ…!?
電話効果もあるせいか、安心したように吐かれた息にさえ動揺してしまった。

「あのさ、フィルちゃん今日ケーキ屋行ったんだろ。…ひとりで行ったの?」
「いえ、マルコさんとふたりですよ。…あ!サッチさんも行きたかったですか!?」

つくるのも好きだけど…お店に食べに行くのも好きだって行ってたし!
慌ててそう言うと、サッチさんはくつくつ笑いだす。

「まあ今日は仕事だったし。…それにデートの邪魔しちゃ悪いからな。」
「な…!?」

一気に顔が熱くなる。
た、確かにふたりで出掛けましたけど…デートとかじゃないですから!

「ち、違います!マルコさんとは友だちで…!」
「はいはい。じゃあそういうことでいいから…今日どうだった?」

適当すぎるし絶対にやにやしてる…!
大して鋭くない私でもこれくらいわかるんですからね!

「えっと…もちろんおいしかったですよ。苺がこれでもかってくらい入ってるんです。」
「…そっか。そりゃ贅沢だな。」
「はい、大満足でした!」

苺が沢山入ってるからちょうどいい甘さだ、ってマルコさんも満足そうにしてたんだ。

「…じゃあさ、おれがつくるのとその店のとどっちが好み?」
「え!?」

どっちが、なんて…こういう場合はサッチさんを選んだ方がいいのかなとは思うけど、言ったら言ったで気をつかってるって思われても困る。
返事を決めかねていると、電話越しでもわかるくらいにあからさまなため息が聞こえてきて。

「フィルちゃん、察してほしいんだけどなー?」
「!サ、サッチさんの方です!」

や、やっぱりそう言うべきだったのか…!
察せなかったことに私が謝ると、またサッチさんの笑い声が聞こえてきた。

「ちょっと無理矢理だったな、ごめんごめん。」
「…で、でも!サッチさんのも本当においしいと思いますし私は好きです!」

決してお世辞なんかじゃないし、嘘でもない。
サッチさんの料理は本当にどれもおいしかったし、何だか優しい味がするんだ。

「…ありがと。そう言ってくれるんならまた何かつくっちゃおうかな?」
「本当ですか!?お願いします!」
「返事早すぎ。」

笑ってるけど、サッチさんはすごく嬉しそうにしてくれた。
やっぱりサッチさんの雰囲気が私を引っ張ってくれるから、初めての電話で緊張はしてるにしてもすごく話しやすいって実感する。

「折角だしな、今のうちにリクエストきいとこうか?何でもどーぞ。」

自信たっぷりな声。
言ったものは本当に何でもつくってくれそうだなって思うし、サッチさんがつくってくれるなら全部おいしいものになると思うんだ。
何でも好きだけど…あえてリクエストするなら。

「じゃあ…マフィンをお願いしてもいいですか?」

懐かしいな。
悪い方にじゃなくて、良い方の思い出。
あの出来事が良いって思えるのはきっと私が本当のサッチさんを知ったから。

「…ひひっ、りょーかい。」

電話越しに聞こえた声はすごく楽しそうだった。
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